ゆめみ祭当日。弓道部の販売当番を終えて、制服に着替えた。冷えたサイダーを両手に、グランドの隅にある木陰へ向かう。梵くんの姿が見えたから。
木の傍まで近付いたところで、出しかけた言葉を飲み込んだ。一緒に、菫先生がいた。
二人の背中が、悪夢で見た光景を蘇らせる。たった三メートルが、一生辿り着けないほど遠く感じた。
「声かけないの?」
背後からの声に、少しばかり肩が飛び上がる。立っていたのは、爽やかな好青年という雰囲気の男性。
黙って通り過ぎようとすると、「こら、こら」と腕を掴まれた。
「先生のことを無視すんなって」
「どちら様ですか? 警察、呼んでも良いのよ」
「おいおい、まさか金宮先生のこと忘れちゃったの? こんなイケメンで真面目な先生、なかなかいないよ?」
伊達らしき眼鏡をずらしながら、漫画によくいるキザキャラのようにウインクを投げつけてくる。その軽々しい口調と薄っぺらな行動に、ああと記憶が蘇った。
「どうしてあなたがここにいるの?」
「俺、ここの卒業生って設定だからね。ちょいと楽しませてもらおうかなーって」
「……どうでもいいけど、私に近づかないで」
「なんで? 君と行動するに決まってんじゃん」
「…………」
金宮先生は、金魚の糞のように私について回った。見えない振りをするのだけど、気が散って仕方がない。
もうすぐ、最後の演目であるピアノ演奏の時間になるため、苗木と客席で梵くんの登場を待った。
ふと遠くに見覚えのある女性の姿が目に入る。品の良さそうな風貌は、梵くんの母親だ。あれほど仕事があるからと拒否していたのに、来てくれた。
梵くん、あきらめないで良かったわね。
「綺原ちゃん、さっきの男子みたいなのがタイプなの?」
真っ直ぐ前を向いたまま、金宮先生が問い掛けて来る。知らぬ態度で、私は答えた。
「……全然違うわ」
「じゃあ俺は?」
「論外ね」
「綺麗な顔してキッツイなぁ、君」
余計なお世話よ。なんて思っていると、隣から強い視線を感じた。
「綺原、さっきから誰と話してんだ?」
隣に立つ苗木が、不思議そうに首を傾げる。
「妖精さんかしらね」
おどけて返事をしたら、梵くんがステージに現れて、青空の下から一斉に声が消えた。
木の傍まで近付いたところで、出しかけた言葉を飲み込んだ。一緒に、菫先生がいた。
二人の背中が、悪夢で見た光景を蘇らせる。たった三メートルが、一生辿り着けないほど遠く感じた。
「声かけないの?」
背後からの声に、少しばかり肩が飛び上がる。立っていたのは、爽やかな好青年という雰囲気の男性。
黙って通り過ぎようとすると、「こら、こら」と腕を掴まれた。
「先生のことを無視すんなって」
「どちら様ですか? 警察、呼んでも良いのよ」
「おいおい、まさか金宮先生のこと忘れちゃったの? こんなイケメンで真面目な先生、なかなかいないよ?」
伊達らしき眼鏡をずらしながら、漫画によくいるキザキャラのようにウインクを投げつけてくる。その軽々しい口調と薄っぺらな行動に、ああと記憶が蘇った。
「どうしてあなたがここにいるの?」
「俺、ここの卒業生って設定だからね。ちょいと楽しませてもらおうかなーって」
「……どうでもいいけど、私に近づかないで」
「なんで? 君と行動するに決まってんじゃん」
「…………」
金宮先生は、金魚の糞のように私について回った。見えない振りをするのだけど、気が散って仕方がない。
もうすぐ、最後の演目であるピアノ演奏の時間になるため、苗木と客席で梵くんの登場を待った。
ふと遠くに見覚えのある女性の姿が目に入る。品の良さそうな風貌は、梵くんの母親だ。あれほど仕事があるからと拒否していたのに、来てくれた。
梵くん、あきらめないで良かったわね。
「綺原ちゃん、さっきの男子みたいなのがタイプなの?」
真っ直ぐ前を向いたまま、金宮先生が問い掛けて来る。知らぬ態度で、私は答えた。
「……全然違うわ」
「じゃあ俺は?」
「論外ね」
「綺麗な顔してキッツイなぁ、君」
余計なお世話よ。なんて思っていると、隣から強い視線を感じた。
「綺原、さっきから誰と話してんだ?」
隣に立つ苗木が、不思議そうに首を傾げる。
「妖精さんかしらね」
おどけて返事をしたら、梵くんがステージに現れて、青空の下から一斉に声が消えた。



