消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 結局、父親には受け入れてもらえなかったけど、梵くんが初めて怒りを露わにした。
 自分のことではなく、私たちのために。
 私のしたことは、常識的な行動ではなかったと、彼も理解していたと思う。それでも感情を表してくれたことに、胸が震えた。

「……お願いします。どうか、ゆめみ祭に来てください」

 灯が消える夜。歯科医院の鍵をかける母親へ頭を下げる。
「危ないから、もう来ないで」と言われた翌日、雨の降りしきる翌々日も通い続けた。
 ここで引き下がったら負けだと、あきらめたくないと思ったのは、初めてだった。

 前夜祭が始まる少し前。
 学校のすぐ近くにある弓道場を借りて、仮装イベントの衣装に着替えた。
 薄いラベンダーの生地に桜と藤の花があしらわれた着物は、母から譲り受けたもの。二十歳の時に友人の結婚式で着た以来で、懐かしく感じた。

 目立つことが苦手で、教室の片隅から遠巻きにみんなを見ている方が性に合っている。それなのに、仮装コンテストのクラス代表に選ばれてしまった。
 このまま早く時が過ぎ去ればいいと願いつつ、もう少しだけ、梵くんと一緒にいるのも悪くないと思った。

 他の生徒たちが、すれ違いざまに私たちを見てお似合いだと声を潜める。胸の奥がちくりと痛んだ。
 本来ならば、彼とは婚約者だったのに、今はこの手の距離よりも随分と遠く感じる。

「夢の世界を壊すのって、怖くなかった?」

 誰だって、目を塞いで心地よい夢を見ていたい。高校生として、彼らと笑い合う今が幸せだから。
 でも、過去(げんじつ)を受け入れて、彼のいない人生へ戻ることが正しいのか。分からなくなる。