消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 十代の頃は、稽古や祖母に気に入られることで精一杯だった。クラスメイトの誘いを断っていたら、いつの間にか孤立していた。
 だから、集団生活に慣れていない。女子はグループを作って、特定の誰かと行動する。そんなハイレベルなこと、私には無理だと思っていた。

 たとえ夢の中でも、人格は大きく変われない。でも、彼らといる時だけは、心から笑っていられる。
 小さなことで言い合って、部活帰りに寄り道したり、夜の学校へ忍び込む。
 青春って、ひとりでは経験出来ないものなのだと、肌で感じている。

 ゆめみ祭まで一週間を切った日の放課後。三年の玄関で別れてから、こそこそと梵くんの後ろをついて行く。

「なあ、綺原。ほんとにやんのか? 俺、歯医者って苦手なんだよな」

 茶髪の短髪をくしゃっとさせて、苗木が不安げな声を出す。

 ──高校生の頃まで弾いていたんだ。途中で辞めたけど、懐かしくて。
 好きな素振りをあまり見せないけれど、二十五歳の梵くんは未練染みた表情でピアノを見ていた。その彼が、ステージで演奏を披露する。
 葬儀の時、憔悴しきっていた御両親が脳裏を過った。この世界では、息子の晴れ舞台を見てもらいたい。

「おっかねぇじいさんでさ。五秒数えるって言いながら、五、四でいきやがったんだ。信じられるか?」
「……なんの話かしら」
「ぐらぐらの歯、引っこ抜かれたんだよ! めちゃくちゃ怖かったんだぞ! だから歯医者は」

 シッと人差し指を立てて、隣の苗木に視線を送る。
 前を歩く梵くんが立ち止まって、そろりと振り向いた。

「……絶対、尾行してるよね? なに、ほんとどうしたの?」
「あのな、これには事情が……」

 しり込みする苗木と梵くんの腕を引っ張り、歯科医院へ乗り込む。
 仕事中なのも、歓迎されないことも承知の上だった。
 婚約者として、何度か会ったことがある。
 仕事にも家族に対しても厳しい人だと思っていたけれど、息子を失ったこの人は、ただの父親の顔をしていた。

「梵さんは、ゆめみ祭を成功させるため毎日練習しています。どうか」

 どうか、あなたも後悔しない振る舞いを。しこりを残したまま、月日だけを流さないでほしい。