消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 たまに、梵くんが落ちた時の夢を見る。
 長い階段上から日南菫と消えた瞬間、自分の叫び声で目が覚める。
 頬が濡れていることも、少なくない。
 どちらが夢で現実なのか、見境がつかなくなりそうだ。

 アパートのチャイムが鳴って、見知らぬ男が訪ねてきた。二十代半ばくらいで、誠実そうな見た目の人。
 勧誘かセールスかしら。細かいところまで現実的な夢ね。
 インターフォン越しにあしらおうとすると、その男は家庭教師だと名乗った。

金宮(かなみや)(たける)って言うんだけど、君のお祖父さんから聞いてない?」
「……知りません」
「とにかく、家の中に入れてくれない?」

 顔を近付けてカメラを覗いている様子を見て、思わず体を遠去ける。
 なに、この人。カエルみたいにアパートのドアに張り付いている。

「見知らぬ男性を部屋へ入れるつもりはないわ。帰ってもらえるかしら」
「祖父は綺原宗寿朗(そうじゅろう)、父親は綺原宗一(そういち)。実家は老舗旅館の桜花蘭(おうからん)で、君は三人姉妹の末っ子」

 自称家庭教師の男は、私の素性を話し出した。

「姉二人は厳しく育てられたのに、君は違った。よく言えば、三女は可愛くて甘やかされてる。悪く言えば、期待されてな……」
「もうやめて!」

 玄関を開ける音が勢いよく響き、仕方なく男を部屋へ招いた。
 金宮と名乗る男は、部屋へ入るなりテーブルの上に教材を並べ始めた。家庭教師と言うのは、虚言(きょげん)ではなかったらしい。
 でも、私にとって重要なのはそこではない。

「何を企んでいるのかしら」
「なんの話? 俺は、君の家庭教師を頼まれただけなんだけど?」
「あなたじゃなくて、お祖父様よ」

 実家から追い出した私のことなど、興味がないのだと思っていた。
 監視でも付けるつもりで、この人を送り込んだのかしら。

「まあ、可愛い子には旅をさせろって言うからなぁ。可愛いってより、君は美人ちゃんだよね。ねえ、ほんとに十七歳?」
「金宮先生。さっさと授業を始めて終わらせて下さい」

 まともな見た目と中身にギャップはあったけど、勉強は分かりやすく説明も丁寧だった。
 授業を終えて、きっちり九十分で帰宅。読めない人だけれど、危害を加えるような人間ではなさそう。

「ほんとに十七歳……か」

 ただ、突然現れた登場人物に、違和感は拭えなかった。