消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 不思議な夢だった。目が覚めた時、人肌の感触が指先に残っている気がした。
 夢であって、でも実際に起こっていたような感覚。

 それが要因になったのかは分からないけど、弓道場へ行く前に土曜日の学校へ寄った。
 校舎横に並ぶ体育館用階段の側面壁(そくめんへき)を確認するためだ。

 入学した当初から、何か描いてあったことは認識していた。通り過ぎるだけの日常背景だった壁に、どんな絵が描いてあったかまでは気にならなかった。つい、昨日までは。

「紫の……人魚」

 壁一面に広がっていたのは、ヴィーナスの誕生のように芸術的な人魚と海の生物。夢では未完成だったけど、こちらではしっかりと完成された絵が目の前に写し出されている。

 鮮やかだった色味は、太陽や雨によって色褪せた写真のように薄くなっていた。
 隅の下には、製作された日付けらしき数字とローマ字で名前が記入されている。もしかしたら、あの子の名前があるかもしれない。

 (かが)んで顔を近付けてみると、薄くなって読めないところがある。もう少し、目を()らしてみたら……。
 あれ、僕は何を必死になっているんだ?
 糸のように細めていた目が元の大きさに戻る。こんなこと、どうでも良いじゃないか。

「絵に興味あるの?」

 風の知らせもなく、頭上から声が降って来た。見上げると日南先生の顔がすぐ近くにあって、うわぁっ! と変な奇声を上げた僕の腰は地面へ崩れた。

「いった……」
「驚きすぎよ。大丈夫?」

 差し伸べられた細い手を掴むか躊躇(ちゅうちょ)する。でも、あっという間に腕は引っ張り上げられ、両足の靴底はコンクリートを踏みしめた。