「直江梵だよ」

 そう、彼は婚約者だった直江梵に似て……。
 目を丸くしながら、後ろへ視線を向ける。

「そうそう! クラス委員長って言ってるから、なかなか名前が覚えられなくて」
「僕の名前、覚えづらいよね。クラス委員長でいいよ」
「サンキュー!」

 クラスメイトに向ける笑顔は、何度もデートで見た偽りの微笑みと同じ。だから、目の前にいる少年があの人なのだと確信出来た。
 意識がはっきりとしてから、どれだけの時間が経ったのかしら。

 覚めない夢の中で分かったのは、この教室は結芽岬高等学校の二年二組で、私はここの生徒。
 隣の席に座っているデリカシーのない男子は苗木(なえき)大祐(たいすけ)という名で、後ろの席がクラス委員長の直江梵。
 黒板に記されている年号からして、私は八年前の五月十日にいるということ。

 教室を漂う空気の匂い、机の木材やノートの少しざらついた感触もやけに現実味がある。ここまで繊細な夢を見たことがない。
 ご丁寧に、私の名前が記された私物まである。よく出来た夢だと感心した。
 きっと、疲れているのだろう。そのうち目が覚める。

 すっかり忘れてしまった高校生の授業を受けて、放課後になっても意識はそのまま。
 教室を出て行く彼の後を追って、屋上へ辿り着いた。
 夢で見た景色と同じ空の下に、高校生の彼は立っている。私が知り得るはずのない直江梵がいる。
 空を見上げてため息を落とす後ろ姿でさえ、興味しかなかった。

「みんなに愛想を振りまいて、疲れない?」

 隣に立った時、彼はどんな反応をするのだろう。また偽りの顔で、私に笑いかけるのかしら。