頭のどこかにある記憶を呼び起こそうとしても、遮断されて思い出せない。まるで、最初からそんなものはなかったかのように。

「それより、明日は何の日か覚えてるか?」
「何か、あったかな」
「九月十六日は、ガーラの発売日だろ! ほら、前話してた新しいゲーム機の……」
「そっか。明日って、九月……十六日か」

 空になったパンの袋にある賞味期限の日付けを見つめて、クシャッと丸めた。

 明日は僕の命日だ。十八日に葬儀があって、二日前に亡くなったのだと、ずっと前に誰かから聞かされたことがある。
 夢の中での記憶なのか、現実にあったことなのか。それすら曖昧でぼんやりとしている。

 自宅の前で足を止め、また深いため息がこぼれた。郵便ポストから手紙と茶封筒を取り出すと、誰もいない家の鍵を開ける。
 リビングのテーブルに郵便物を置いて、違和感に気付く。茶封筒だけ宛名がない。裏を返しても、差出人は不明だ。代わりに、『俺から最初で最後のプレゼント』とだけ記されている。

「なんだ、これ?」

 思わず独り言を呟きながら、封のされていない封筒に手を入れる。
 得体の知れない何かを前にして、胸が妙に騒ついている。

 中身は茶色のレトロなノート。鍵のようなチャームが付いたベルトで閉じられていて、映画に出てくる魔法使いが持っている本に似ている。
 どうして、こんな物がうちのポストに入っていたのか。宛名がないということは、誰かが直接ポストへ投函したことになる。考えてみても不気味な話だ。

 家の外へ放り出してしまおうと頭では思うのに、手は止まらない。
 鍵は飾りで、ベルトは簡単に開けることが出来た。
 クリームがかった白い紙。最初のページは『夢日記』と題されていて、呼吸をすることさえ忘れるような緊張感で、次のページをめくる。

 4月20日 
 日記を付けるなんて初めてだけど、彼が言うから仕方なく書いてみる。
 本当は文字として残したくないのだけど、長い物語を見ていると割り切るしかないのかもしれない。
 せっかくなので、この夢を見るきっかけとなった背景から書いていこうと思う。
 始まりは、薄暗い空が妙に胸を締め付けた秋の昼下がりだった。