カタカタとフェンスが音を立て出す。鳥たちが一斉に飛び立ち、木や空気も騒ついている。
 そのうちに強い風が吹き始めて、花びらや枝が空へ舞う。まるで吸い込まれていくようだ。台風が近付いて来ているのか。

「危ないので、とりあえず中へ」

 言いかけたとたん、ザザッ、ザザッと日南先生が二重にズレた。なんだ?

 昔の映像みたいに、背景はそのままで彼女だけが波打っている。何か唇を動かしているけど、風や変な雑音で聞こえない。
 地面を踏みしめる足が、少しずつ動いていく。葉っぱが舞う先は、渦を巻いている。その竜巻に吸い込まれそうだ。

「日南先生、大丈夫ですか?」

 つま先にぐっと力を入れて、体重をかけた。

『もしかしたら、あなたを助けるための物だったのかしら』

 頭の中で、誰かの声がした。どこかで、聞いたことのあるような。
 体を押していた突風が緩まり、音がなくなった。バグでも起きたかのように、日南先生は瞬きすらせず微動だにしない。
 どうなってるんだ?

『──梵くん、梵くん』

 今度は、頭の中に直接話しかけられている感覚がした。この声は……。

 ポツンと手の甲に、桜色の水滴が落ちた。藤色、空色と増えて虹のような雨が降り注ぐ。
 初めて夢を見たときの景色と同じだ。
 きらきらと輝く光を浴びながら、ふと思い出す。翼の生えた天使のことを。

 紫がかった空に稲妻が走る。気付くと日南先生がうずくまって、震えていた。

「早く逃げないと」

 彼女の腕を掴んだとき、どこかで雷が落ちた音がした。空がひび割れて、パラパラと剥がれていく。
 ──似ている。夢の世界が崩壊したときと、同じ光景だ。