僕が屋上へ来る前、綺原さんに告白すると言い残して彼は教室を出た。
 上手く伝えられたのか、結果はどうだったのか。そればかりが頭を埋め尽くす。

「……心配で気が気じゃないって顔してる」
「そんなことっ……!」

 図星を突かれたように、僕の頬は一瞬にして熱を帯びる。
 ほらねと言いたげに、髪を押さえながら日南先生がクスッと笑った。

「隠さなくてもいいのに。誰かを好きになることは、別に恥ずかしいことでも悪いことでもないよ」

 言いながら、(おもむろ)に僕の手を掴む。初めてここで、言葉を交わした時のように。
 そんなんじゃない。綺原さんのことは好きだけど、恋とか愛という言葉では表せない……もっと別のなにか。
 いつもそばにいてくれて、空気のような存在だけど、なくてはならない人。

「あの……先生、」
「あなたまで、先生を見捨てるの? 約束したじゃない。僕がいるって、言ってくれたじゃない」
「……なに、言ってるんですか?」

 抱きしめられて、身動きが取れなくなる。ほのかに大人の香りがした。
 でも、これは夢に違いない。心のどこかで、冷静な自分がいる。

「あれからずっと、あなただけが光だった。梵くんだけが、心の拠り所だったの。なのに、」

 餅のようにくっ付いている体を、ぐっと引き離す。

「──違う! そんなこと、日南先生は言わない。もうやめて下さい。僕の大事な思い出を汚すのは、やめてくれ」

 ひと通り叫んだあと、気付く。ツーッと頬を流れてゆく彼女の涙に。
 何も言わず瞼を伏せる姿に、胸がじんじんと痛む。
 こぼれ落ちる水滴があまりに鮮明で、ひとつの疑問が生まれた。

 ──ほんとに、夢なのか?