夏休みが終わり、二学期が始まった。日焼けした腕を見せびらかす男子や、彼氏が出来たと恋話に花を咲かせる女子。
 遠巻きに、青春とはあんな感じなんだろうと眺めていた。

「全くもって不思議ね。恋なんて、何が楽しいのかしら」

 前の席で頰杖を付きながら、綺原さんがため息をこぼす。

「綺原に乙女心ってやつはねぇのか?」
「あら、乙女じゃなくて悪かったわね。そうゆう苗木にはあるのかしら、男心ってもの」

 また言い合いが始まった。とばっちりを受けないように、知らないフリをして机に突っ伏す。

「そ、それって、もしかして、俺に告……」
「梵くん、ちょっといいかしら? 二人で話がしたいの」
「えっ、ああ……うん」

 苗木の話を最後まで聞かないで、綺原さんは僕の腕を引っ張り教室を出た。
 気の毒に思えて振り返るけど、遠退いて行く彼は浮かれた様子でなぜか楽しそうだ。

 胸の奥をチクリと刺された感覚になった。
 今の僕は、苗木を裏切っていることにならないか。
 後夜祭でのことを苗木に告白するべきか、悩んだ。

 女子更衣室に連れられ、綺原さんがドアの内鍵を掛ける。こんな密室に二人でいたら、変な噂を立てられそうだ。苗木にも誤解を与えかねない。
 落ち着かないでいると、彼女は制服のポケットから何かを取り出した。透明の袋に入れられている多量の白い錠剤。

「何、これ?」
「この前、菫先生の部屋で見つけた睡眠薬と精神安定剤よ。あの後、話すタイミングがなくて私が持っていたけど、これはあなたに渡しておいた方がいいと思って」

「まさか、それ……」
「おそらく。憶測(おくそく)でしかないけど、これが原因だったんじゃないかと思って。お母様から聞いたことだけど、情緒が不安定な時期もあったみたい」

 日南菫は、薬の多量摂取で亡くなったのか? 
 だとしたら、何がそこまで彼女を追い詰めていたのか。そもそも、誤飲で死に至るのは昔の話じゃないのか?