八月二十一日、午後三時を回った時分。自分の部屋で、明るさの残る空の色を思い出す。元の世界線で、日南先生の火葬が終わった時間だ。
 自宅の電話、スマホにも連絡はない。悲劇の起こらない世界になったのだろう。あれ以降、おかしな夢も見ていない。

 右手でシャーペンを動かしながら、張り詰めていた神経を緩める。隣りの視線を気にしながら、僕はリスニングの回答を書き終えた。
 いけ好かないと言うように、金宮(かなみや)先生が鼻で笑う。

「上の空って感じだったけど、ちゃんと聞いてたんだ」
「一応」
「はい、また正解。なあねぇ、真面目に必要ある? この授業」

 金宮先生は、採点したノートを机にパサッと投げ置いた。

「両親の安心薬(あんしんやく)なんです。塾も家庭教師も、やっている事実に意味があるから。成績は現状維持出来れば、それで」
「ふーん、で、親の後を継いで歯科医師か。高校生のうちから、約束された将来ってわけね」
「それは……」

 違うと答えられなかった。ピアノの道へ進みたい思いと、無理だろうと思う消極的な自分がいる。
 何も考えていないように見えて、彼は僕の心境を察することが上手い。

「君には親がくれた歯科医師の道がお似合いだと思う」だなんて、皮肉を込めて言うくらいだから。
 本当に心が読めるのかと思ってしまうけど、彼から確信をつくことは何も言って来ない。