信号待ちで停車した。ここを右折して、後はひたすらに直進して行けば十分もかからないで僕の家に着く。

「さっきの写真、裏見た……よね?」

 探り探りな声色で、チラリと僕に視線を向ける。

「……蓬って、ほんとは誰なんですか?」

 夢で会った蓬と名乗る少女は、日南先生の偽名だったことが分かった。でも、蓬という人物は実在した。
 僕が会っていたのは、写真の中の少女だったのか?

「さっき写真に写っていた子は、蓬は、私の妹なの」
「……妹?」

 違和感しかなかった。
 なぜなら、日南菫の葬儀では喪主を務めた母親以外に、親族は叔父や叔母しかいなかったからだ。妹と呼ばれる女性の姿はなかった。
 青信号に変わり、車が発進するのと同じタイミングで彼女は口を開く。

「私が幼い頃、突然父が蒸発したの。その時、二歳だった妹を連れて出たみたい。妹はお父さんっ子だったらしいから、父は相当可愛がっていたって」
「今どこにいるか、お互い知らないんですか?」
「一切ね。私でさえ、あの子の記憶はほとんど無いの。なんとなく一緒に遊んでた子がいたかなぁくらいよ。だから、姉がいると教えられていなければ、私の存在すら知らないと思う」

 言葉が出て来なかった。
 聞きたかったことが、ゴクリと唾を飲み込む度に胸の奥へ流れてしまう。

 タイヤが坂を上がり、見慣れた街の風景を追い抜いていく。そのまま、僕の家の前で停車した。
 隣りに佇む歯科医院は、まだ灯りが付いていて人の気配も多い。暗闇に包まれている寂しげな我が家とは雲泥(うんでい)の差だ。意味もなく、ため息が出そうになる。

「今日は夕食までご馳走してもらって、ありがとうございました」

 ドアを開けようとした時、右手をグッと掴まれた。声のない呼びかけに、心臓が跳ね上がる。