八月十八日、薄雲が広がる昼下がり。ゆかりのない駅を降りて、見慣れない住宅地が続く歩道を歩く。
 細身のジーンズに黒スニーカー。綺麗にネイルを施された爪が見えるレースアップサンダル。グレーのチェック柄短パンに茶色の靴。(まば)らだった歩幅が三つ、横一列になって足を止めた。

「ほんとに来てくれたんだ。何か起こる確証は、何もないけど」
「あら、約束は約束でしょ。何もしないで後悔するより、無駄足になるくらいが丁度いいの」
「そんなことより、綺原の私服って初めて見るな。その、なんだ、かわ……いいぞ」

 視線を宙に泳がせながら、苗木が頬を染める。

「…………ありがと」

 少し戸惑った様子でお礼を言う綺原さん。
 褒められたのが満更でもないのか、彼女も少し柔らかな表情をした。

『俺、やっぱり綺原のこと好きだわ。なあ、直江。腐れ縁から脱出するために、協力してくれないか?』

 夏休みに入る前の教室で、苗木から言われた言葉を思い出す。
 苗木の不透明な気持ちが確信へ変わった以上、何としても後夜祭でのことは秘密にしておかなければならない。
 分かったと口にしながら、胸の奥がどよんと重くなったのは、彼に後ろめたさを感じたからだと、その時は勝手に思っていた。

「それにしても、よくオッケーもらえたよな。でも、なんでまた急に家庭訪問?」

 目の前に佇むレンガ調の一軒家を見上げながら、苗木が首を(かし)げる仕草をした。
 僕はここを知っている。前に一度、夢の中で見た事がある。母親に引き止められながら、蓬が飛び出して来た家だ。