「それで、せっかくの夏休みを満喫中に急遽呼び出されたってわけね」

 クーラーのよく効いた図書館で、綺原さんが積み上げられた本を開く。
 日南先生と別れたあと、会えないか連絡を入れた。彼女のアパートから自転車で十分たらずの場所にある市立図書館を指定して。
 二十分もしないうちに駆けつけてくれたことから、すぐ支度をして出て来てくれたのだと分かった。

 チラリと視線が絡み合う。ぎこちなく逸らしてしまった。
 なんでもないような態度でいるけど、綺原さんとキスをしたのだ。少しも意識していないと言ったら嘘になる。
 わざとらしく咳払いが響いて、綺原さんの目が訴えかけてくる。早く話せと。

「夢の世界が崩壊してから、ほとんど夢は見てなかったんだ。日南先生の怪我といい……何か意味がある気がして」

 何も言わないで、綺原さんは上から三番目の本を引き出す。
 僕の前に差し出したのは、『シンクロニシティ』というタイトルの本。他のものと比べて、まだ真新しい色をしている。

「共有夢って、知ってるかしら」
「聞いたことはある。二人の人間が同じ夢を見るってやつだよね? 前に見ていた夢は、それに近いのかなって勝手に思ってた」

 現在、夢には二種類の仮定があると言われている。
 脳が夢を作り出し、脳内で繰り広げられている神経作用に過ぎないこと。
 もう一つは、夢という別の空間があり、それらを知覚している可能性がある説だ。
 科学的根拠は証明されていないが、二人が同じ夢を見ていた事例は何件も出ているらしい。

「たしかに、前の梵くんの夢はそうだったのかもしれない。でも今回、菫先生は否定しているんでしょう?」

 変な夢を見なかったかと聞いた時、日南先生は首を振った。
 微かに唇の端を上げて、儚んでいるような、何かを隠しているような表情に読みとれた。
 綺原さんが見ている未来を映し出す夢になってしまわないかと、不安もある。