掴まれた腕をとっさに払った。前にもこんなことがあったけど、今回は脅しじゃないと分かる。
 ふらつきながら後ろへ進み、日南先生が校舎の端へ足を乗せた。

「……せんっ、あぶな……!」

 何か唇を動かしているけど、何も聞こえない。一筋の雫がこぼれ落ちたと思ったら、彼女の体は青空の下へと消えた。

「日南先生──っ‼︎‼︎」

 ありったけ振り絞った声は、徐々に大きくなって、やがてその絶叫で目を覚ました。
 掛け布団を握りしめながら、息を切らしている。しばらく天井を見つめて、頭の中を整理する。
 今のは……夢、なのか?
 スマホ画面を確認して、今日が約束の日であると知り、心底ホッとした。

 半袖のカッターシャツに手を通して、制服のズボンを履く。
 夏休み中の校門をくぐり、運動部がグランドを走るなか、校舎へ足を踏み入れる。屋上へ向かうと、夢と同じ、僕を待つ背中があった。

「来てくれないかと思った」

 長い髪を耳にかけながら、にこりと笑う日南先生。

「あの、すみませんでした。後夜祭の日、行けなくて」
「いいのよ。何かあったんだろうなって思ってたから」

 これは一度目の記憶じゃない。昨日見た夢の展開と全く同じだ。
 先に起こることを想像して、背筋がゾッとする。

 まさかと思いながらも、とりあえず腕を掴んだ。この行動に意味があるのかと問われると、頷ける自信はないけど、保険みたいなものだ。
 不思議そうに、日南先生が首を傾げる。そして、気付いた。細い手首に巻きつけられた包帯。

「……その手」
「ああ、これ? 朝起きたらベッドから落ちてて、手首を捻挫しちゃったの」

 日南先生が、ははっと軽く笑う。
 顔から血の気が引いて、心臓が不穏な音を立てる。
 ベッドから……落ちた?
 脳裏で何度も繰り返される夢の光景。
 僕には、それを偶然という言葉では消化しきれなかった。