「知らないけど、失敗したんじゃないの?」
「馬鹿言うな。俺はここらでは一番優秀な道士だ。ありえない」
「でも私、生前の肉体も魂もあるけど」
 孫麗は自分の発した言葉に耳を疑った。
「……生前?」
 瞬間、頭の中の霧が晴れ、全てを思い出した。
 毒にもがいた苦しみを。
 土を被される感触を。
 白梅の涙を。
「私、死んだんだった……」
 実感のない死に戸惑うよりも、身体が先に動き出す。
「私、帰らなきゃ」
「宮廷にか? どうして? お前殺されたんだろ?」
 その問いに孫麗は答えることができない。
 確かに私は白梅に殺された。
 親愛なる妹に。
 道士は不謹慎にもそこらの石碑に腰掛ける。
「それよりも俺と一緒に他の国へおさらばしようぜ」
「あんた道士なんでしょ? 道士ってお寺で日々修行に励み、占卜によって国の未来を暗示したりするんじゃないの?」
 いやいや、と道士は手を振る。
「俺は修行も、働くのもぜーんぶ嫌だ。お気楽自由主義なんだ。それに王が死んで、国全体が悪い気に包まれている。もうこの国もおしまいだし、だから早いとこよそに……」
 待って、と孫麗は道士の言葉を遮る。
 王が死んだ? 私が死んで何日経ったんだ?
「今って何月?」
「七月だけど」
 孫麗は言葉を失った。孫麗が白梅らと一緒に宮廷をでて殺されてからすでに一ヶ月も過ぎている。
 王様が崩御された。
 ならば雪華様はすでに後宮にはいない……。
 孫麗の身体を衝動が突き動かす。
 背中に聞こえる道士の声を無視して孫麗は山道を下る。
 とにかく宮廷に戻らなければなにもわからない。
 やはり帰らなければ……。
 少し前に雨が降ったのだろうか。土はぬかるみ、孫麗の足を重くさせる。
 突然、草むらが不気味に揺れ出した。その隙間から赤い目が孫麗の姿を睨んでいる。その視線に気づいた瞬間、黒い塊が孫麗に向かって飛びついた。驚いた拍子に泥で転んだ孫麗はギリギリのところでそれを交わしたが、まだ身体がうまく動かせず、立ち上がることができない。
 座り込む孫麗を取り囲むように草むらから数匹の野犬が姿を現した。しかしそれは野犬というにはあまりにも獰猛な牙をしており、鋭い爪は人など軽く引き裂いてしまいそうだ。
 それらが一斉に孫麗に向かって飛びつく。
 あぁ、また死ぬのか。
 すると孫麗の頭上を数枚の札が飛んでいく。
「符術、劔舞葬《つるぎのまいそう》」