穴の淵では泣き崩れる白梅が曹倫の足元にしがみつき、曹倫はそれを払いのけ、円匙で孫麗がいる穴の中へと土を落とす。
 孫麗の身体はいつしか土の重みを感じなくなっていた。痺れもない。痛みもない。ただ、土の冷たさに体温を奪われる感覚だけがあった。
 まだ生きているのか。
 もう死んでしまったのか。
 そんな違いもわからないままに、孫麗は思い出していた。
 人気のない山の中腹あたりで、饅頭を口にした直後、息苦しくなったこと。
 それだけじゃない。曹倫は金を払えば誰の言うことも聞くやつだが、今回は孫麗に対し、金を要求してこなかったこと。
 つまり、あらかじめ誰かが曹倫に対し金を払い、孫麗を殺すように指示していたのだ。あの饅頭屋も仲間なのだろう。饅頭に毒を仕込んだのだ。
 しかし、私は私自身で三つの饅頭の中から一つを選んだのに、残りの二つを食べた曹倫も白梅もどうもなってはいないのは何故だ。
 何かがおかしい。ただその何かを考えるほどの余力はもう孫麗に残っていなかった。
 土が全身に被さり、残すは顔のみになった。
 あぁ、せっかく白梅が化粧をしてくれたのにこれでは台無しだ。
 白梅が、化粧を。
 そこで、孫麗は気がついた。
 そして合点がいった。
 孫麗は饅頭をかじった後、真っ白な饅頭の皮に鮮やかな紅い口紅がついた。それを孫麗はかじり食べた後に苦しくなったこと。
 曹倫が私とともに宮廷を出たことは門兵が見ている。私が死んだといえば、曹倫が殺したと疑われて今度こそ処刑だ。
 だから共犯者であり、嘘の証言をするもう一人の存在が必要だったのだ。
 山賊に襲われたとか、妖にさらわれた、とか。
 思えば、白梅の言動や挙動が今日はずっとおかしかった。
 いや、正しくは阿蘭の元から帰ってきた時からだ。
 なんてことだ。私がもっと早く気がついていれば、白梅にこんなことをさせずに済んだのに。
 ごめんよ、白梅妹……。
 孫麗の思いは土の中に溶け込み、誰にも知られることはなかった。