「では、白ぬいの塗り方から」
もし私が皇女になったとして、白梅が私の化粧係になれるかはわからない。もし他の皇女の元で働くことになり、失敗でもすれば折檻され、最悪の場合宮廷から追い出されてしまうかもしれない。
そうならないためにも、孫麗は普段より雪華様に施す化粧の術を一から白梅に教えた。
「最後に口紅を。筆に塗りすぎず、器の隅でよく落として……」
白梅の持つ筆の先が震えていた。
「どうしたの?」
「いえ、孫麗お姉様は綺麗だなって」
「なによ。今日ちょっと変よ」
「ごめんなさい……」
白梅がこぼした涙の雫が紅の入った器へと落ちた。水滴にじんわりと赤みが移り、やがて涙は紅の中へと消えていった。
「なにも泣くことないじゃない」
孫麗は白梅の頬を親指で擦り取る。まだ少女の面影が消えない白梅の肌は滑らかだ。
「ほら、早く」
孫麗は目を閉じ、唇をキュッと前へ突き出す。笑ってくれるかなと思ったが白梅は笑わなかった。
筆の先が唇を滑り、これで化粧は終わり。
化粧の仕上がりを確認しようと川の水面を覗くが、曇り空の上に川が濁っており、よく見えなかった。
しかし孫麗は満足そうに笑った。
「綺麗にできてるじゃない。これなら私の化粧係も務まるわ」
「……はい」
「おい、もういくぞ」
いつからか起き上がっていた曹倫は孫麗の顔をみてすぐに馬を繋いだ手綱を緩めた。
化粧したんだから、少しは褒めてくれてもいいのに。曹倫に褒められたところで嬉しくはないけど。それに。
「まだ餡饅が」
その声が聞こえないのか、曹倫は歩みを止めない。
「勝手なやつめ」
そこへちょうど店主が饅頭を三つ持ってやってきた。
「包んでいただけますか?」
「あいよ」
「仕方ない。道中に食べましょう」
「……はい」
孫麗と白梅は竹の葉で包んだ饅頭を持って、曹倫の引く馬車へと走った。
それから一刻ばかり過ぎた頃だろうか。
孫麗は空を見ていた。
見上げていたのではない。ただまっすぐに、目の前に広がる景色を見ながら考えていた。
今の孫麗には考えることしかできない。なぜなら身体は動かず、声も出せず、全身から感じる痺れと痛みを紛らわせるには考えるしか方法がないからだ。
空から土が降ってきてずしり、と腹のあたりが重くなる。
孫麗は今、人が一人入るほどの穴の中に仰向けの状態で倒れている。
もし私が皇女になったとして、白梅が私の化粧係になれるかはわからない。もし他の皇女の元で働くことになり、失敗でもすれば折檻され、最悪の場合宮廷から追い出されてしまうかもしれない。
そうならないためにも、孫麗は普段より雪華様に施す化粧の術を一から白梅に教えた。
「最後に口紅を。筆に塗りすぎず、器の隅でよく落として……」
白梅の持つ筆の先が震えていた。
「どうしたの?」
「いえ、孫麗お姉様は綺麗だなって」
「なによ。今日ちょっと変よ」
「ごめんなさい……」
白梅がこぼした涙の雫が紅の入った器へと落ちた。水滴にじんわりと赤みが移り、やがて涙は紅の中へと消えていった。
「なにも泣くことないじゃない」
孫麗は白梅の頬を親指で擦り取る。まだ少女の面影が消えない白梅の肌は滑らかだ。
「ほら、早く」
孫麗は目を閉じ、唇をキュッと前へ突き出す。笑ってくれるかなと思ったが白梅は笑わなかった。
筆の先が唇を滑り、これで化粧は終わり。
化粧の仕上がりを確認しようと川の水面を覗くが、曇り空の上に川が濁っており、よく見えなかった。
しかし孫麗は満足そうに笑った。
「綺麗にできてるじゃない。これなら私の化粧係も務まるわ」
「……はい」
「おい、もういくぞ」
いつからか起き上がっていた曹倫は孫麗の顔をみてすぐに馬を繋いだ手綱を緩めた。
化粧したんだから、少しは褒めてくれてもいいのに。曹倫に褒められたところで嬉しくはないけど。それに。
「まだ餡饅が」
その声が聞こえないのか、曹倫は歩みを止めない。
「勝手なやつめ」
そこへちょうど店主が饅頭を三つ持ってやってきた。
「包んでいただけますか?」
「あいよ」
「仕方ない。道中に食べましょう」
「……はい」
孫麗と白梅は竹の葉で包んだ饅頭を持って、曹倫の引く馬車へと走った。
それから一刻ばかり過ぎた頃だろうか。
孫麗は空を見ていた。
見上げていたのではない。ただまっすぐに、目の前に広がる景色を見ながら考えていた。
今の孫麗には考えることしかできない。なぜなら身体は動かず、声も出せず、全身から感じる痺れと痛みを紛らわせるには考えるしか方法がないからだ。
空から土が降ってきてずしり、と腹のあたりが重くなる。
孫麗は今、人が一人入るほどの穴の中に仰向けの状態で倒れている。