門が見える廊下までたどり着くと、そこには今まさに馬から飛び降りる浩宇皇子の姿がそこにはあった。
「王の容態はどうだ?」
「こちらへ」
 白髪の髭を生やした宦官が皇子を連れて王の住まう屋敷へと入っていく。その姿に、孫麗は久しぶりに心が暖かくなるのを感じた。
 ご立派になられて。
 浩宇皇子を最後に見たのは三年ほど前だっただろうか。放浪の旅に出られた浩宇皇子は青年から大人の男へとなっていた。
 そこへ、孫麗と同じく官女の阿蘭がやってきた。
「阿蘭。今、皇子が」
「知ってるわ。だから何?」
 あまりにも冷たく、攻撃的な口調に孫麗は言葉を詰まらせる。以前の二人は、官女としてともに懸命に働き、励まし合い、時には喧嘩もした良き友だった。孫麗は今もそう思っているがいつからか阿蘭は孫麗を敵視するようになった。
 そんな阿蘭もまた、後宮入りが噂されている。
「大后様っ」
 阿蘭が頭を下げ、振り返った孫麗も慌てて頭を深々と下げた。現皇后であり、浩宇皇子の母である大后様が先ほど浩宇皇子が入られた屋敷へと赴く姿がチラリと見えたからだ。
 放浪を続けていた浩宇皇子が王になったあと、王としての経験を積むまでの間、王政を取り仕切るのは大后様になるだろう。すなわち、大后様に気に入られなければ後宮にも入れてもらえないということだ。
 顔を上げると阿蘭は私を見下ろし、ふんと鼻を鳴らして去っていった。そんな小さな、嫌味にもならない攻撃に孫麗はいちいち傷ついてしまう。
 後宮は王からの寵愛を勝ち取るために他者を陥れ、利用し、騙し、騙される女の戦さ場だ。
 こんな私が皇女になんてなれるのだろうか。
 灰色の空は、孫麗の心を写しているようだった。