目を開いた阿蘭は黙ってその場を歩き去った。
 相変わらず、能天気なやつ。
 阿蘭の口元はかすかに緩んだ。

 そこへ黒い影が突如として舞い降りる。影が庭先の木に止まると、枝の先の雪が落ちる。
「道士、またサボってるの?」
 木の上で道士は孫麗に向かって舌を出す。
「うるせえ、俺はもう偉いんだぞ」
 道士はあの一件以来、浩宇王に認められ国直属の道士部隊の指揮官に任命された。
 あの頃に比べ町の妖は減りつつあるが全て消えたわけではない。
「俺がわざわざ現場に行かなくても……」
 道士は孫麗を見て、声を上げる。
「何? 綺麗って褒めてくれるの?」
 道士はまたカラスのようにひとっ飛びし、孫麗と白梅のいる廊下の柵に止まり孫麗に顔を近づける。
「それ、魂魄晶じゃないか?! あぁ! なるほど!!」
「魂魄晶? 何それ?」
 道士は孫麗の耳で揺れる耳飾りを指差す。
「魂魄晶は人の魂から穢れを無くし、清くあるべき姿に保つ力を持つ石だ。お前が殭屍になっても自我を保てたのはこの石のせいだったんだな。つまり、俺のせいではない!」
 やっぱり俺の術は完璧だ、と笑う道士のそばで孫麗は胸がいっぱいになり、目の淵に涙が浮かぶ。
「雪華様……」
 孫麗の儚げな顔を見ると、道士は顔を赤め、足を滑らせ柵から落っこちる。地面に間抜けに伏す道士の姿を見ていると孫麗は笑ってしまい、涙はいつのまにか引っ込んだ。
 そこへ、道士と同じ黒い服を着た青年が息を切らしながらやって着た。
「いた! お師匠様! 道士たちが妖瞳教なる邪教団が東の街にて応戦中とのことです! ほら! 行きますよ!」
 道士はひきづられながら孫麗に対し、指をさす。
「俺は諦めてないからな」
 道士はそう言い残すと、青年を担ぎ、颯爽と呪符を地面に貼り付ける。
「符術、舜天動」
 突然呪符から煙が上がり、風に煙が流される頃には道士たちはいなくなっていた。
 孫麗は首をかしげる。
「どういう意味?」
「鈍いですね、蘇妃様は。さ、急ぎますよ」
 先を歩く白梅を見て、孫麗はまた首をかしげた。

 門の前には人だかりができていた。立派な馬が二頭。そこにつけられた大きな馬車は車輪までピカピカに磨かれている。手綱を引くもの。警備兵。付き人。占めて二十名近い団体が組まれている。
 孫麗が馬車に乗り込もうとすると浩宇王がやってきた。