草木も眠る深い夜。
 孫麗はまた浩宇王に会えるかもしれないと廊下に出るがそこには誰もいなかった。柵に手を置き、空を見上げるも月は厚い雲に隠れている。
 また月が出た時に出直そう。
 そうすればまた浩宇王に会えるかもしれない。
 諦めて自室へ戻ろうとするが、一瞬、塀に等間隔に置かれた松明の薄明るい炎の中を動く影が見えた。目をこらすと闇夜の黒の中で動く黒い袖が見えた。
「道士?」
 塀の上を走っていたかと思うとこちらへひとっ飛び。鳥のような静かな動きで、道士は庭に置かれた大きな岩に足を置く。
「いたな、偽物皇女め」
「誰が偽物よ。というか、どこいってたの?」
「どこいってたのじゃねえよ。俺は働きたくなくて寺から逃げたのにここにきて散々こき使われて。もう逃げてやる。今度こそ、国外逃亡だ」
「あっそ、好きにしたら」
 そう言いのけると道士はあー、と頭を掻いた。後ろで束ねられた黒く長い髪が馬の尻尾のように暴れる。
「鈍い女だな」
「なにが?」
 道士はビシッっと孫麗を指差す。孫麗の位置からはよく見えないが頬が赤らんでいた。
「お前も来い!」
「は? なんで?」
「元はと言えば、お前は俺が蘇らせた殭屍だ。殭屍であるお前をどうしようと、術師である俺の自由だ!」
「そ、そんな道理が通るわけないでしょ。それに私がいなくて白梅はどうするの?」
「白梅? あぁ、確かお前を殺したっていう侍女だったな」
「そんな言い方……」
「そいつなら今から処刑されるらしいぞ。よかったな。だからお前はもうここにいる理由なんて……」
「は? 白梅が? どうして?!」
 孫麗は柵から飛び出さんばかりの勢いで道士へ問いかけるがその答えは孫麗の心にすぐに浮かんだ。
「阿蘭……」
 嫌な予感が胸をざわつかせ、孫麗は道士と初めてあった日のように、背中に聞こえる道士の言葉を無視して走り出した。

 宝爛殿の大きな扉を開けると、中心に兵士の足元に跪く白梅の姿があった。
「白梅!」
「無礼者! 今は妖を払う儀式の最中だぞ!」
 そう言い放った阿蘭の唇は見たことのない艶やかで真っ青な色をしていた。玉座に浩宇王の姿はなく、後ろの御簾の裏に大后様が座っているのが見えた。