はじめこそは死んでしまった悲しみ、雪華様に会えない寂しさを忘れるために、そして白梅に自責の念を抱かせないために明るく振舞っていたが、次第に孫麗は本心で楽しいと思えるようになった。
 なぜなら、生きているから。
 今も後宮内では皇女たちによる皇后の座をかけた争いが密かに繰り広げられている。それは皇女だけにとどまらず、鬱憤の溜まった皇女が官女や付き人の侍女を捌け口として当たり、後宮にはひとときも緊張を緩めることができない重苦しい空気が漂っていた。
 周囲の目が気になる。
 失敗をする。
 そして、落ち込む。
 以前の孫麗にとってはそんな後宮での生活は息苦しく、辛いものだったが、今の孫麗にとっては些細なことに思えてくる。
 そんなことよりも生きていることの方が大事だと、孫麗は死んで初めて理解した。
 明るい孫麗に影響され、宮廷のみんなも明るくなってきた。しばらく太陽の陽を浴びていない朝日殿だが、孫麗がいることでぱぁっと明るくなったようだった。
 しかし、そんな孫麗の様子を阿蘭は快く思わなかった。
 阿蘭は朝議が終わったという知らせを受け、すぐに大后の部屋へと赴いた。
「大后様、あのようなものを宮廷内にとどめていいて良いのですか? あの雪華に支えていた官女ですよ? もしまた王を誑かされたりでもしたら……」
 大后は調査書に目を通しながら応える。
「誰に口を聞いている? 寵愛もうけていない小娘が皇女になったくらいで図にのるな」
 大后様の気迫に阿蘭は身体を強張らせる。
「も、申し訳ございません!」
「本当なら牢に入れるところだが」
「そ、それだけは……」
 阿蘭は床に頭をこすりつけた。
「今はそれどころではない。いいから早く出て行け!」
 阿蘭は慌てて大后の部屋から出て襖を閉めた。阿蘭は唇を噛むと鉄の味が口の中に滲んだ。
「孫麗……」

 その日の夜。
 月は雲に隠れ、闇が辺りを包み込む。
 白梅は身支度を済ませ、自分の部屋へ戻ろうとすると松明の向こう側に人の影が見えた。
「そこの侍女」
 影がこちらへ歩み寄るとそれが阿蘭であることがわかった。松明の揺らめく灯に照らされ、影が落ちた阿蘭の顔は一瞬鬼のように見えた。
 ぱちりと松明が小さく爆ぜると同時に阿蘭は白梅の肩を掴み、顔を寄せる。
「今度こそ、あいつを殺せ」
 しかし、白梅はその腕を払いきっぱりと首を横に振った。