孫麗はまたしても戸惑った。
 信じられない。一介の皇女が皇子を叱るなんて。
 それに、あの優しい雪華様が叱るというのもにわかに信じがたい。
 浩宇王は恥ずかしそうに指先でこめかみを掻く。
「私も若かったのだ。生まれた時から王になることを決められ、そのように育てられ、私は自分が人の上に立つ、立派な人間だと勘違いしていたのだ。そんな時、雪華様に言われたのだ。視野を広く持つことが人間として成長する唯一の方法だ、と」
 あ、とまた声が漏れそうになる。
 それはよく、雪華様が孫麗にもいっていた言葉だ。
「雪華様は厳しく、そして正しい人だった」
 雪華様がいなくなった後宮で、雪華様の面影を感じ、孫麗は胸の内がじんわりと暖かくなるのを感じた。
「私はその言葉に、突き動かされるように放浪の旅へと出た。しかし大后は、……母上は雪華様がたぶらかしたと思い込み、以降、後宮から出ることを禁じたのだ」
 まさかそんな理由だったなんて。
「私は旅の中でたくさんの人間に出会った。裕福なもの、貧しいもの。心やさしきものに、卑しいもの。様々だ。しかし私自身はあの頃のままではないのか、本当の意味で成長できているのか、正直に言えばわからない」
 月に雲が重なり、浩雨王の顔が陰る。
「私は父の後を継ぎ、正しい王にならねばならぬのだ」
 思いつめた浩宇王の顔はなぜだか孫麗の心を締め付けた。
「正しい王とは、どんな王ですか?」
 また考えもなしに口からこぼれてしまった。ただの官女が王に質問をするなど身分不相応にもほどがある。
 孫麗は慌てて頭をさげる。
「失礼しました」
 浩宇王は小さく噴き出した。
「いや、良い。母上はよく、真に正しい王の前には神獣の加護がつくと申しているが。実際のところ、私にも正しい王というものがわかっていないのかもな」
 重たい荷物を降ろしたような安堵の表情を浮かべる浩宇王の顔は孫麗の心を熱くさせた。
 鼓動は止まっているはずなのに、この胸の高鳴りはなんなのだろう。
「お前、名は?」
 浩宇王の目を見ることができず、孫麗は頭を下げた。
「よ、陽孫麗と申します……」
「そうか。孫麗。今夜私の部屋へ来い」
 顔を上げると浩宇王は優しい眼差しを向けている。しかし孫麗は再び、深く頭を下げた。
「……いけません」
「何故だ」