「いいのよ」
 白梅が鼻をすする音が浴場に響く。
「でも本当に、生きててよかった。雪華様もお喜びになります」
「あー、そのことなんだけど」
 孫麗は湯の中から手を差し出す。
「ちょっと触って」
 白梅が首を傾げながらその手を取ると、驚き手を引っ込める。
「冷たっ!」
「私、死んでるの」
 驚いている白梅にどれほど理解できるかわからなかったが孫麗は自身が殭屍になったこと、そして道士から聞いた殭屍の特徴を伝えた。
 殭屍は本来、人間の生き血を好む凶暴な人食いの妖怪だが、ひたいに貼った封印の札の効果によって術師の傀儡となり、神通力を持つようになるという。
 しかしどういうわけか孫麗はどの特徴にも当てはまらない。ただ殭屍の、生前同様の肉体を取り戻し、長い髪が生えるという性質だけが残った。
 確かに一ヶ月埋まっていれば肉は腐り、一部は土に還るだろうが肉体はどこも欠損していない。また宮廷への道中、整えようと何度か髪の毛を切ったがすぐに生えてきた。
「だから聞いて、白梅。あなたに私の髪を結って欲しいの。周りに?屍であることを隠すために」
 私たちの心の母、雪華様もおっしゃっていた。
 白梅は髪を結う才があると。
「このことは誰にも話していけない。わかった?」
 白梅はもう一度孫麗の手を握り、今度は離さなかった。
「約束します」
 孫麗はニヤッと笑う。
「これでおあいこよ」
「うわぁ!」
 そのまま白梅を湯船の中へと引き摺り込んだ。湯船から大量の湯が溢れ、桶が端まで流れていった。
 湯から顔を出した二人は、互いの顔を見つめ、どちらからともなく噴き出した。
 二人の笑い声が浴場に響いた。