ここで真実を言えば曹倫とともに白梅も罰を受ける。それに私が?屍であると知られれば、宮廷から追い出され、最悪退治されてしまうだろう。
「は、はい。私はてっきり死んだとばかり思いまして……」
「崖の下は川が流れており、私はある村に流れ着いたのですが記憶を失い、近頃自身が宮廷に仕える官女の身であったことを思い出し、こちらへ戻ってきた次第でございます」
 とっさに考えついた嘘だったが辻褄はあっていた。
 孫麗はもう一度深々と頭をさげる。
「ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした」
 大后様はふんと、鼻を鳴らす。
「迷惑などかけられた覚えはない。お前一人がいなくてもなにも問題はないからな」
 大后様の仰ることはごもっともだ。一介の官女が一人いなくなったところで何も影響はないだろう。
「早くここから……」
 そこへ宮殿の奥から浩宇皇子が姿を表した。
「大后、なにをされておられるのですか」
「皇子こそなにを」
「もう私は王です」
 浩宇皇子は廊下から地面へ降り、孫麗の元へと歩み寄る。
「お前、よく戻ってきたな。早く中で休みなさい」
 浩宇皇子、改め、浩宇王が差し出し手を孫麗は握りかえすことなく、自らの足で立ち上がる。
「申し訳ございません。汚らしい身体で王様の手を汚してはいけません」
 孫麗は浩宇王へ一礼し、朝日殿の廊下へ赴く。
 高床の廊下から阿蘭が眉間にしわを寄せ見下ろす。
「ご無事で何よりだわ」
 阿蘭に対しても腹は立つがいまは相手にしていられない。
「白梅妹よ」
「……孫麗、お姉様」
「着替えます。手伝いなさい」
「……はい」
 すると、横から阿蘭が白梅の前へと立ちふさがる。
「ちょっと、この侍女は私に支えているんだけど」
 孫麗はそれを無視して、踵を返す。
「私は皇女よ!」
 阿蘭の甲高い声に、孫麗は振り返る。
「あなたは阿蘭よ」
 何も言わない阿蘭の横を白梅は通り、孫麗の元へと走った。

 雫が垂れ、水面に波紋が広がる。
 一ヶ月ぶりの湯浴みは生き返る心地だ。心地というだけで、実際は死んだままなのだけど。
 湯船の外で白梅はただじっと座っている。
「雪華様は?」
「王が崩御されて、遠くの寺へ出家されました」
「そうですか」
 沈黙が浴槽に沈んでいき、湯気が天上へと昇っていく。
「孫麗様……」
「お姉様とは呼んでくれないの?」
「私……、私……」