宮廷にたどり着く頃にはすっかり日も暮れ、あたりは闇に包まれていた。長い道のりの果て。揺らめく松明の明かりが見え、宮廷の門まで向かうと見張りの門兵が二人立っていた。門兵の一人が孫麗の前へと立ちふさがる。
「誰だ貴様」
「私は陽孫麗。後宮に使える官女で雪華様の使用人をしておりました」
「官女? お前皇女じゃないの?」
 孫麗は道士の問いを無視。
 皇女じゃないと知れば守ってもらえないと思い、道士の勘違いを否定せずにここまでやってきた。しかし孫麗は自ら皇女とは名乗っていないので嘘はついていない。
「こいつは?」
「道士です」
 もう一人の門兵が門を開けるが孫麗の前に立つ門兵は動かない。
「道士には用があるがお前はダメだ」
 門兵は道士の首根っこを掴みズルズルと引きずって敷地内へと消えていく。
「えぇ、俺、褒美貰いにきたんだけど? てかお前皇女じゃねえのかよ! ちょっと?!」
 道士に心の中で手を合わせ、孫麗は門兵を見上げる。
「どうしてですか?」
「陽孫麗は死んだと聞いている。お前は何者だ?」
「だから、私が陽孫麗ですって」
 すると門兵の後ろで通りすがりの宦官がこちらを覗くのが見えた。遠目からでもわかる見窄らしい宦官は驚いた様子で指先をわなわなと震わせ、孫麗を指差した。
「孫麗?! お前なんで生きている?」
「曹倫! お前と言う奴は!」
 孫麗は怒り、門兵を突き飛ばして曹倫に向かって歩み寄る。曹倫は「成仏しろ!」や「死に損ないが!」など喚くが孫麗の耳には聞こえていない。
 どうにも一発殴ってやらねば腹の虫が収まらない。
 拳に力を込め、振り上げる。
「なんですか騒々しい」
 宮殿の廊下からこちらを見下ろすその人は大后様だった。
 その場にいる全員が一斉に大后様に対し跪づく。
「大后様」
「お前、名は」
「陽孫麗と申します。私は……」
「あぁ知っているぞ。あの女の使用人か。確か死んだと聞いていたが?」
 ギロリと大后様の鋭い眼光が曹倫を指す。
「は、はい……実は」
 孫麗は視界の端の東側、朝日殿の廊下に立つ皇女の姿に目が止まる。きらびやかな服を着た阿蘭、そしてその後ろに立つ数人の侍女の中に白梅の姿が見えた。
 孫麗は大后様を見上げる。
「道中、山賊に襲われ、崖から落ちてしまいました。ここにいる曹倫が証人です」
「そうなのか?」
 孫麗は曹倫へ話を合わせろと目線で訴える。