その国は、大陸の東部に位置していた。岩肌がむき出しのなだらかな峰がまるで壁のようにそびえ立つ。霧の日が多く、大地は貧相であり、とにかく作物の実りが悪い。
この窮地を打開すべく、彼らは天より神を呼び起こした。彼らの悲鳴に耳を傾けたのは、一条の竜であった。名を玄竜神(げんりゅうしん)といい、まとう鱗は艷やかな黒色である。
玄竜神は一人の男に神通力を授け、つねに天との交信ができるよう計らい、国に恵みをもたらすことを約束した。その引き換えとして、年の瀬に供物を要求したという。
彼らは毎年、冬になればその年の上物である家畜や穀物を捧げて、玄竜神への忠誠を誓う儀式を執り行った。濃い霧が漂う霊山の(ふもと)にある洞窟は竜穴(りゅうけつ)とされ、玄竜神とこの世をつなぐ道標とされる。
だが、この小国は供物を賄う能力が乏しい。
神の遣いとなった男の子孫は、苦渋の決断で実の娘をその年の供物として捧げた。やがて、人柱を使うことが通例となっていく。
(いにしえ)の慣わしは連綿と受け継がれていき、玄竜神へ捧ぐ娘を妃とし、国はますます繁栄した。
勢力を拡大しはじめた今もなお、彼らはただただ神話を崇め、世の安寧を願い続ける。あの叛逆(はんぎゃく)さえなければ、玄竜神の怒りを買うこともないはずだった。
玄竜神は大地を肥えさせ、恵みを与えることにかけては随一であったが、敵に回すと恐ろしい禍をもたらす。
建国から三〇〇年余、神託を授かった者はいない──