放課後になった。

意味のない雑談に時間をとられたせいで、時間を気にしながら廊下を走っている。

どうせ収穫に来るのは私一人なんだから、そんなことを気にする必要もないんだけど、時間を決めたからには自分がそれを守りたい。

ようやくたどり着いた校内の片隅の、忘れ去られた菜園前で息を整える。

時間には間に合った。ジャスト15時00分。

本当は体操着に着替えたい気分だけど、着替える場所すら与えられていないのだから仕方がない。

「では、ジャガイモ収穫祭を始めます!」

一呼吸置く。

拍手しようかと思ってやめる。

両手がスコップと熊手で塞がっていたからだ。

一人しかいないし。

収穫したジャガイモを入れておく大きなざるも、倉庫から出して並べてある。

本当は洗って干しておいた方がよかったのかもしれないけど、今のこの勢いを逃したら、次はいつやる気になるのか分からないから、いいことにする。

一番端っこの株の根元を、熊手でかき分けた。

芋を傷つけないよう、少しずつ丁寧に丁寧に掘り進める。

この数ヶ月の成果が現れる、最も楽しみな瞬間だ。

「うわ。なんだよ、勝手に始めんなよ」

振り返ると、彼が立っていた。

「なんだよ、ちょっとくらい待ってくれてたっていいだろ」

隣にしゃがみ込む。

私の手から熊手を取り上げた。

「で、ここを掘ってきゃいいわけ?」

三本の鋭いかぎ爪を、ザクリと地面に突き刺す。

「ちょ、ダメだって」

大切なジャガイモを、傷つけられたらたまらない。

「もっと優しく、遠いところからそっと……」

掘り方を教えてあげる。

私は「なんで来たの?」という言葉を飲み込む。

彼は何も言わず、私の説明を聞いている。

「分かった」と答え、素直に従うその光景をとても不思議に思う。

軍手を渡したら、何の迷いもなくそれをはめた。

「うお! 出た!」

黒い土から顔を出したジャガイモが、本当に金塊のように輝いて見えるだなんて、どうかしている。

「すっげぇ、ちゃんと出来るもんなんだな!」

彼は微笑む。

そんな姿に、私の簡単な決心はあっさりと歪む。

「きょ、今日は、なんで来たの? ピアノは? 彼女はよかったの? つきあってるんじゃないの?」

「は? 別に。ジャガイモ掘ってる方が楽しいだろ。つーかいっつも思ってたんだけど、なんでジャガイモ? トマトとかキュウリの方がよくね? きれいな花とかさ。ジャガイモって、なんの趣味?」

「ピアノ、すごく上手だよね。そんなこと、今さら言われ慣れてるかもしんないけど、絶対音感とか共感覚とか、すっごい憧れる。自分の能力を生かして何か出来るって、いいよね、うらやましい。私なんてほら、何にもないから」

黄金のジャガイモは、やっぱり黄金のジャガイモだった。

「俺、そういうこと言われるの、一番嫌なんだよね」

白すぎる手が、転げ落ちたジャガイモの一つを手に取った。

「ムカつく」

「これは28g」

私はそのジャガイモを、彼の手から奪いとる。ざるに放り込んだ。

「こっちは37gで、これは12g」

地面に転がる、大きな一つを手に取った。

「67g」

「は?」

「私ね、芋の重さが分かるの。芋類限定で」

そうなのだ。

なぜだか分からないけど、さつまいも、ジャガイモ、里芋、山芋の、その4種の重さだけが、手に持っただけで正確に分かる。長さは分からない。

「なに言ってんの?」

「本当だから」

掘り出したジャガイモを手に取る。これは38g。

そうだ、収穫量の記録をつけないといけないんだった。

ノートを取り出す。スマホは土で汚したくない。

その余白部分に、一つ一つの重さを書き付ける。

「え、マジなの?」

「絶対音感とか、うらやましい」

掘った芋を左手に持つ。

右手でもいいんだけど、数字を書かなきゃいけないから、使わないだけ。

「何の役に立つと思う? この能力」

何度も何度も、自問自答を繰り返してきた。

農業関係? 芋農家? 

だけど育てるのがうまいわけでも、出来の善し悪しが分かるわけでもない。

「だからジャガイモ?」

「世界が滅ぼうとしているから。自分にも出来ること、考えてみただけ」

くだらない。

実にくだらない。

自分でも分かっている。

この無駄すぎる能力を、意味のない力を、何の役にも立ちそうにないコレを、どうすればいいんだ。

自分らしく、自分自身に出来ること? 

なにそれ。

「そっか」

「内緒にしといて」

彼は黙ってうなずいた。

黙々と芋を掘り進める。

初めて自分以外の誰かに告白した。