朝日のまぶしい爽やかな陽気の中、菜園の前には手首が落ちていた。

それはどう見たって人間の左手首だった。

今が伸び盛りと映える小さなジャガイモ畑の前に、これほど似つかわしくないものが他にあるだろうか。

私はそれにくるりと背を向けた。

音楽室の窓をガチャリと開けようとするのが聞こえて、一目散に逃げ出す。

第一発見者にはなりたくなかった。

教室に入ると、いつも透明なクラスメイトが、さらに透過率を増したような気がする。

どうすればここに自然と馴染めるんだっけ。

目立たず騒がず平穏にやり過ごすことだけが、唯一の目的だったはずだ。

いつも以上に、今日だけは自分が限りなく透明な存在であってほしいと真剣に願う。

教室のドアが開いた。

入って来たのは色素の薄いあの彼だ。

珍しく目が合う。

明らかに私にじっと焦点を合わせてから、自分の席についた。

彼に私は見えていたのだろうか。

いつもなら気にもかけないくせに。

目にも入らない存在なのだったら、見えないままでよかった。

いつ先生に呼び出されるか、警察が来て騒ぎになるのか、ただそれだけに意識が集中していた。

胸の鼓動だけで吐き気がする。

休み時間には、仲のよいはずの友達のところに駆け寄った。

いつも以上に必死になってしゃべり、笑い、同調し、賛同する。

茶色の彼と目のあったような気もするけど、そんなものは気のせいに決まっている。

昼休みになった。

何の変わりもない日常にほっとすると同時に、多少の疑問は湧き起こる。

少し落ち着いてきた私は、いつもと変わらぬ装いで弁当を食べた。

「じゃ、菜園の水やりに行ってくるね」

とか言いながら、教室を離れ職員室に立ち寄る。

園芸部顧問の先生を訪ねるフリをして中に入った。

やっぱり先生たちには、私の姿は見えていないらしい。

ここに顧問の先生はいないことなんて、百も承知で入ってきて、その空席を見下ろした。

耳を澄ます。

聞こえてくるのは、日常と何も変わらない情報ばかり。

「今度のクラス行事の……」「生徒配布予定のこちらのお知らせなんですが……」「笠原先生もアレ食べてみたんですか? どうでした? おいしかったでしょ……」
まだ誰も気がついてないっていうの? 

あの手首は、もしかしなくてもそのまま? いまはどうなっているんだろう。

透明人間は姿が見えないので、他の人と話さなくていいのは楽だ。

ジャガイモ畑に向かう。

それは今朝と全く変わらぬ、完全に保存された状態でそこにあった。

私は安堵すると同時に、発覚の恐れが未だ続く不安にため息をつく。

だけど……。

今更これがここにあったことに、気がつきませんでしたと言い訳するには、到底無理がある。

だけど、どうやって説明する? 

学校に来たら手首が落ちてましたなんて、誰が信用する? 

しかも気づいてすぐに報告しているわけでもなく、こんなことを打ち明けられる相手なんて、世界のどこにいるんだろう。