ネットに出回る魔方陣を書けだとか、特定のものを周囲に並べろだとか、磁場を発生させろとか、そんなものは信じない。
菜園を整備し直し、近くのホームセンターからもらってきたカンパニュラの花の種を植える。
「ねぇ、弾いてよ」
心地よい音色に耳を傾ける。
この世界にも終わりが近づいていた。
食料を調達しようと立ち寄ったコンビニのケーキにカビが生えている。
スーパーの肉や野菜も悪臭を放ち始めた。
どうして自分がこんなところにいるのか、本当に分からない。
なにがどうして自分がこんなところにいることになって、今をこうしているのか、不思議でしかたがない。
それでも自分を保っていられるのは、一人じゃなかったからだ。
どうして私がこの人と一緒なのか、それすらも分からないのに……。
ふいにピアノの音が途切れた。彼の視線は一点を見つめている。
「どうしたの?」
「ヤバい……。ヤバいのが来る!」
突然立ち上がり、私を抱きかかえた。
「え、なに?」
「聞こえない?」
「聞こえない」
ぐっと手首をつかまれる。
「逃げよう!」
走り出す。
廊下へ飛び出し、外に出た。
私にはなんてことのないいつもの平和な校庭が、彼にはとんでもない風景として目に映っているらしい。
ただでさえ真っ白な顔をさらに蒼白にして立ちすくむ。
「見えるの?」
「見える」
突然「うわっ!」と叫び、その場にうずくまった。
風さえも吹かないこの爽やかな空の下で、この人は酷くおびえ肩をふるわせている。
「大丈夫?」
その背に触れようとして、やめた。
「怖い、よね。私には分からないけど」
泣いている男の子の顔を、初めてみたような気がする。
「ねぇ、触ってもいい?」
彼はうなずいた。そっと伸ばした指先で、その頬に触れる。
「もっと、近くに行っても?」
「いいよ」
私は自分の額を、彼の腕にあずけた。
「ゴメンね。怖いのは、私だけじゃなかった。忘れてた」
結局、世界が滅ぶとか、人類が滅亡するかもとか、そんなことよりも、今こうして隣にいる人が、何を思っているのかということの方が、きっと大切なんだろうな。
「まだ足元で、すんげー渦が巻いてる」
「見えない方が便利なことも、あるんだね」
ようやく彼は微笑んで、私たちは自然と手をつないだ。
「昔のことを思い出した。俺が変なものが見えるって騒いで、気持ち悪いって嫌がられてたこと」
突風が校庭を駆け抜ける。
「ほら、そこ。聞こえないかもしれないけど、何かの音の渦が……」
大きな地震かと思うほど、空気が揺れた。
水槽の中の水を大きく揺り動かしたかのような、抵抗しがたい空気の揺れだ。
「俺だってね、同じことずっと思ってたよ」
「なに?」
「もっと自分がマシだったらよかったって!」
彼の腕が、私の体を抱きしめた。
ピンクの光に包まれる。
足元から湧き上がるように吹き上がったそれは、みるみる辺りを飲み込む。
一瞬にして奪われた視界が元に戻った時には、いつもの学校でいつもの菜園前に立っていた。
菜園を整備し直し、近くのホームセンターからもらってきたカンパニュラの花の種を植える。
「ねぇ、弾いてよ」
心地よい音色に耳を傾ける。
この世界にも終わりが近づいていた。
食料を調達しようと立ち寄ったコンビニのケーキにカビが生えている。
スーパーの肉や野菜も悪臭を放ち始めた。
どうして自分がこんなところにいるのか、本当に分からない。
なにがどうして自分がこんなところにいることになって、今をこうしているのか、不思議でしかたがない。
それでも自分を保っていられるのは、一人じゃなかったからだ。
どうして私がこの人と一緒なのか、それすらも分からないのに……。
ふいにピアノの音が途切れた。彼の視線は一点を見つめている。
「どうしたの?」
「ヤバい……。ヤバいのが来る!」
突然立ち上がり、私を抱きかかえた。
「え、なに?」
「聞こえない?」
「聞こえない」
ぐっと手首をつかまれる。
「逃げよう!」
走り出す。
廊下へ飛び出し、外に出た。
私にはなんてことのないいつもの平和な校庭が、彼にはとんでもない風景として目に映っているらしい。
ただでさえ真っ白な顔をさらに蒼白にして立ちすくむ。
「見えるの?」
「見える」
突然「うわっ!」と叫び、その場にうずくまった。
風さえも吹かないこの爽やかな空の下で、この人は酷くおびえ肩をふるわせている。
「大丈夫?」
その背に触れようとして、やめた。
「怖い、よね。私には分からないけど」
泣いている男の子の顔を、初めてみたような気がする。
「ねぇ、触ってもいい?」
彼はうなずいた。そっと伸ばした指先で、その頬に触れる。
「もっと、近くに行っても?」
「いいよ」
私は自分の額を、彼の腕にあずけた。
「ゴメンね。怖いのは、私だけじゃなかった。忘れてた」
結局、世界が滅ぶとか、人類が滅亡するかもとか、そんなことよりも、今こうして隣にいる人が、何を思っているのかということの方が、きっと大切なんだろうな。
「まだ足元で、すんげー渦が巻いてる」
「見えない方が便利なことも、あるんだね」
ようやく彼は微笑んで、私たちは自然と手をつないだ。
「昔のことを思い出した。俺が変なものが見えるって騒いで、気持ち悪いって嫌がられてたこと」
突風が校庭を駆け抜ける。
「ほら、そこ。聞こえないかもしれないけど、何かの音の渦が……」
大きな地震かと思うほど、空気が揺れた。
水槽の中の水を大きく揺り動かしたかのような、抵抗しがたい空気の揺れだ。
「俺だってね、同じことずっと思ってたよ」
「なに?」
「もっと自分がマシだったらよかったって!」
彼の腕が、私の体を抱きしめた。
ピンクの光に包まれる。
足元から湧き上がるように吹き上がったそれは、みるみる辺りを飲み込む。
一瞬にして奪われた視界が元に戻った時には、いつもの学校でいつもの菜園前に立っていた。