「私ね、本当に一人になっちゃったのかと思った」

「うん」

力強く、謎な感じの曲は続く。

「だけどそうじゃなくって、ほっとしてる」

ピアノの板から伝わる振動が、私を揺らす。

ずっとそれを感じていると、気持ちが悪くなりそう。

「一人でも全然平気だって、ずっとそう思ってたのに、そうじゃなかった」

なんでこの人がここにいるのかが分からない。

もし他の全然知らない人とかだったら、どうなっていたんだろう。

それでも私はこうやって、静かにピアノを聞いたりしていたんだろうか。

「なんか、酔ってるみたい」

頭の芯がぐらぐらしてくる。

体幹を揺らすようなめまいを感じて、パッと頭を上げた。

「違う、地震だ」

揺れが激しい。

なんだかいつもの知っている地震とは、違う感じの揺れ方だ。

怖い。

そう思った瞬間、視界はピンクに染まった。

目と目が合う。

手を伸ばしたら、信じられないくらい白い彼の手に触れた。

その瞬間、世界からピンクが消える。

窓から空を見上げたら、ピンクの境界線は私たちを追い越し、別の中心を求めぐんぐんと遠ざかってゆく。

「行こう!」

階段を一気に駆け上がった。

駆けつけた4階の教室から外を見る。

ピンクの光の柱は、近いようで遠いところにとどまり輝いている。

この世界の中にも、光の柱はあるんだ。

「どうする? 行ってみる?」

重くのしかかる頭部が、思考を奪う。

遠くの光は、すぐに空に吸い込まれて消えた。

ここでは作用時間が短いのかな。

一日24時間なのは、変わらないのかな。

何にも言わない彼の横で、私は何かを言わなければならない。

「……ねぇ、物理、得意?」

「普通」

そもそもなんで、自分がこんなことに巻き込まれてしまったんだろう。

なんで私? どうして? 

いつだって私は事件の傍観者で、主人公になったことなんてなかったのに!

うちに帰りたい。

ちゃんと普通に学校行きたい。

自分のお風呂で自分のシャンプー使って、自分のベッドで眠りたい! 

だけど、そう叫んでしまうと、私はここから離れなくてはいけなくなってしまう。

安全であると分かっているこの場所から、怖くてどうしても離れることのできない自分に、何が出来るというのだろう。

「もっとさ、スーパーヒーローみたいな能力があったらよかったのに。世界をひっくり返せるような、みんなを守れるような。ジャガイモの重さとか、そんな意味分かんない能力じゃなくってさ」

彼は少し離れた机に座る。

空はどこまでも青く高く澄みわたり、灯りをつけていない薄暗い教室からそれを見上げている。

この空が本当に、前と同じ空かどうかすら、もう確信はもてない。

「私ね、いつ死んでもいいと思ってた。ここに取り込まれる前の世界って、正直あんまり好きじゃないし。だけどね、今はなんか違うの。何がって言われても、よく分からないんだけど」

案外簡単にあっさりと、壊れるものだったんだ。

だからといって、ただそれだけのことなんだけど。

元に戻りたいかと言われればそうでもないし、どうでもいいっていうのは、本当にどうでもいいっていう意味じゃなくて、いい意味でも悪い意味でも結局は、自分のやれる程度にあるしか、仕方ないんじゃないかってこと。

ただ生きてるだけの毎日に、戻りたいとか未練があるかなんて、言われても分からない。