翌日は、ずっと二人で校内とその周辺を探索した。

通い慣れた学校のはずなのに、こうしてみると知らないことが多い。

さすがに見知らぬ他人の家に入るのは怖くって、コンビニとかのお店を見て回る。

世界から本当に人の姿が全て消えていて、ただ電気とガスと水道だけは通っていた。

学校の放送設備を校外に向け音量MAXで呼びかけても、何の反応もない。

「それでもスマホは通じるんだよね」

タイムラインには心配するメッセージが寄せられている。

ネットも見られる。

だけど、こちらから書き込みをして送信したのが、反映されない。

「これじゃ死んでるのと一緒じゃない」

「まだ死んではないけどね」

学校ホームページへコメントとして、私たちが校内に取り残されていることを伝えた。

それは『送信』と表示はさたものの、本当に送られたのが、誰かが見てくれたのかは分からない。

電波は繋がっていて他も問題ないのに、電話は通じない。

彼はふっと笑った。

「これじゃ閉じ込められてんのかそうじゃないのか、イマイチよく分かんないな」

「出口ってないの?」

この人のスマホを操作する手は止まらない。

口角の両端を持ち上げただけの乾いた笑みを浮かべた。

「そんなの、あればいいのにな」

その言葉と言い方とにうつむく。

「自分のは見ないの?」

「どうせ誰からもメッセ来てないから」

「へー、そうなんだ」

いま目の前にある世界は、このまま腐っていってしまうのだろうか。

やがて廃墟と化し、崩れ落ちてゆくのだろうか。

一晩経っても一度も揺れることのないスマホは、私のポケットに入っている。

「ニュースとか、全然見てなかった?」

「ちょっとはね、見てたよ」

「生還者は多いんだ。聞き取り調査は続いていて、まだ普遍的な脱出方法は確立されていないけど、物理学者たちが総出で真相解明にあたってる」

「そんな話、聞いて分かるの?」

彼は大きなため息をついた。

「分からないけど、興味はある。ネットが通じることは知られているから、もうすぐ光に飲み込まれた人専用のサイトを立ち上げて、状況把握と救援物資の転送方法を試してみるみたいだよ。それがうまくいけば、簡単に帰れるようになる」

どうもこの不安定な世界には、特異点と呼ばれるものがあるらしい。

孤立特異点と集積特異点、テイラー展開だとかローラン展開? 

留数定理などのよく分からない言葉がネットに並ぶ。

「物理、得意なんだ」

「そういう問題でもないと思うよ」

彼はようやくそれをポケットにしまうと、こっちを向いた。

「今は、今を乗り越える方法を考えよう」

「そうしたいのなら、そうしようか」

この世界に飛ばされたのが、自分一人じゃなくてよかったと思うと同時に、面倒くささもまとわりつく。

私はこのまま、何もしないで寝転がっていた方がよかったんじゃないの? 

そしたら勝手に死ぬか、そのままいつの間にか助けが来て、何でもなかったかのように、また元の生活に戻るんだ。

どうせ何にも出来ない。

「今まで通りに、戻りたい?」

そう尋ねてみたら、日に透ける薄い茶色の髪は風に揺れた。

「今はそれを考える段階ではないと思う」

これ以上余計なことを言うと、本当に怒られる。

呆れられる。

私は言葉を飲み込む。