翌朝、そんなことを思いながら向かった菜園跡には、私より先に彼が立っていた。

「いや、ほったらかしにして帰ったから、ジャガイモが気になっちゃって……」

手には紙袋を持っている。

「親に話したらさ、めっちゃよろこんでたよ」

「もう少し干したいから、放課後に仕分けしよう」

「うん、分かった。俺さ、実はずっと気になってたんだよね。なに植えてんだろうって。ぶっちゃけジャガイモの葉とか花とか見たことなかったし。最初に土をほじくり返してたときにさ……」

今日はピアノの練習をしなくてもいいのかな。

いつも見ていただけの白い壁に並んでもたれ、今はすぐ隣でその声を聞いている。

窓越しに聞いていたのと同じ声なのに、その距離が違うだけでこんなにも変わるものだなんて、知らなかった。

「教室、戻ろっか」

これ以上一緒にいたら、自分がおかしくなってしまいそう。

それ以上に、一緒にいるところを他の誰にも見られたくない。

そう思っているのに、コイツは靴箱まで一緒に歩き、並んで階段まで昇ったうえ、廊下まで共に歩く。

目的地は同じだからどうしても回避出来ずに、そのまま一緒に入ってしまった。

早めに切り上げたせいで、始業までまだ時間がある。

胸の鼓動が落ち着かない。

なんだかチラチラと見られているような気がする。

彼の方はいつもと変わらず、何となく男子と絡んでいるけど、私は全身を硬直させている。

「おはよ」

一番よくしゃべる女の子が声をかけてきてくれた。

ホッとすると同時に身構える。

普通に、普通にしておかなくっちゃ……。

「おはよう」

何か聞かれたら、たまたま一緒になって偶然話し始めただけで、だから同時に教室に入っただけだと、答えると決めた。

「昨日の動画配信、見た? 新曲のさぁ~……」

「あ、見た見たぁ~! すっごいカッコよかったよねぇー! アレは絶対前の……」

いつものメンバーで集まって、いつものどうでもいいおしゃべり。

私は今朝、あの本間尚也と会って、一緒にしゃべりながら教室入ったんだよ? 

ちょっとは話題にしてくれてもよくない? 

まぁ聞かれたって、まともに答えてやる気なんかないんだけどさ。

よかった。

さすがよく分かっている友よ。

触れて欲しくないところは、きちんと外してくれる。

そうだ、そうだよね。

聞きたくないよね、他人の自慢話なんか。

そうやってこっそり、悔しがっていればいい。

いつも以上に、相づちが多いような気がする。

変にテンションが高いのも気になるけど、この状態を保っていなければ、他人につけいる隙を与えるような気がしてやめられない。

チャイムが鳴った。

この音に、いったいどれだけ救われてきただろう。

学校で一番安心できる時間は、間違いなく授業中だ。

昼休みになった。

この長い難局を乗り切れば、学校が終わる。

家に帰れる。

放課後は菜園前でジャガイモをぱっぱと分けて、さっさと帰ろう。

じゃないと、また誰に何を言われるか、分かったもんじゃない。

トイレに逃げ込む。

個室から出たくはないけど、いつまでもここにいるわけにもいかない。

一息吐いて、気合いを入れる。

一直線に手洗い場に向かい、丁寧に丁寧に手を洗う。

授業再開間近の昼休みの、浮き足だったような廊下に出た。

宮下久美とはち会った。

「こんにちは」

彼女はにっこりと微笑む。

「こんにちは!」

私も負けずに笑みを返す。

「昨日、本間くんとジャガイモ掘ったんだって?」

「あ、うん!」

「そっか。本当に手伝ってあげてたんだね。役に立った? 邪魔してない?」

何をどう答えたら正解なのかが分からないから、最大限の笑顔を見せる。

私はあなたと対立しようなんて気は、一切ありません。

「あ、今日それを分けることになってるから、宮下さんも一緒に来る?」

そう言うと、彼女は少し驚いたような表情を見せた。

きっとそんな答えが返ってくるとは、思っていなかったんだろう。

「そんなにたくさんはないんだけど、でも、三人で分ける分くらいはあるから……」

「私、ポテトってあんまり好きじゃないんだよね。持って帰るのも重たいし」

彼女はにっこりと、それはそれはにっこりと微笑んだ。

「ありがとう。また何かあったら誘ってね」

「うん、分かった! ごめんね」

ひらひらと振られるその手に、私は必死で振り返す。

ポテトって……、嫌いって……。

そんな奴、この世にいたのかよ。

しかし「ごめんね」って、ごめんって言っちゃう私もどうなの? 

なんかそこで、謝る必要とかあった?