ねぇ、この世界がいま、少しずつ小さくなってるって、知ってる?
なんかもうすぐ、本当になくなっちゃうらしいよ?
『また消えた!? 現代社会に起こる怪奇現象の真実とは』
テレビのニュースは伝えている。
どっかの国でどっかのビルが、丸ごと一つ消えたんだって。
SNSでは大騒ぎ。
私は朝ご飯を食べ顔を洗い制服を着て学校に向かう。
今朝はカラスの死骸が置いてあった。
校内の最奥のさらに隅っこにあるくせに、日当たりだけはやたらよい菜園がある。
校内唯一の園芸部員として、私は登校後真っ先にそこへ向かう。
蛇口にホースをつなぎ水をまく。
それを片付けたら、倉庫にぶら下がる日誌にチェックを入れ、自分のスマホに記録を書く。
隣接する校舎から、ピアノの音が聞こえてきた。
毎朝それを聞きながら、こうしてアプリに登録を済ませるのが私の日課だ。
倉庫から取り出したメジャーで、伸びたジャガイモの丈を図る。
15㎝。
もう少し伸びたら間引きだ。
今こうやって思いきり元気よく葉を広げているこの子たちは、明日には私に摘まれる。
でないと立派なジャガイモは育たない。
なんとも合理的かつ常識的な手法で、必要不可欠な措置なのだ。
知ってる。間引きが大事なこと。
私はそのジャガイモの代わりに、生えてきたばかりの雑草を抜く。
春休みに作った土の上にぽつぽつと絶え間なく生まれるこの小さな芽を、私はただ黙々と摘んでいる。
機械のようになって摘む。
そうでないと、あっというまにこの邪悪な植物は大切なジャガイモを追い越し、土の養分を全て吸いつくし、これまでの労力を何もかも無しにしてしまうのだ。
大きく育った株の合間に埋もれて、成長の遅れたものが黄色く朽ち果てようとしている。
これは処分すべきものだ。
しかし私はその根元に土を寄せている。
そして丁寧に、自分が邪悪と判断した草だけを抜き取っている。
ふと視線の先に、黒い塊が見えた。
カラスの死骸だ。
多分生きていたときには、それなりに美しい姿だったのだろう。
べっとりと赤黒く血がこびりつき、むき出しになった目は白く濁っている。
ピアノが聞こえていた。
なんの曲だか知らないが、今日はまたずいぶんと優雅な旋律だ。
彼の奏でる音楽はいつだって、優雅で繊細で快活かつ不確実な要素を含んでいる。
私は突然のカラスの出現に驚いていた。
ここから見上げる少し高い位置にある窓の向こうには、生まれつき色素の薄い彼がいる。
茶色い目に茶色い髪。
透けるような肌は、私より白いから嫌い。
手についていた土を払った。
コレをどうにかしなければ。
助けを呼びたいけれども、どう声をかけていいのかが分からない。
「ねぇ、ここにカラスの死骸があるんだけど、どう思う?」って、果たしてそんな声のかけ方でもよいものなのだろうか。
校舎の壁に近寄ってみた。
ここから背伸びをしても、まだ窓枠の桟には届かない。
「あ、あの……」
私はどうしてこの時に限りそうしようと思ったのか、それが未だに不思議でならない。
とにかくこの混乱をどこかに分散しなければ、自分一人では抱えきれなかったんだろうと思う。
ピアノはピタリと鳴り止んだ。
数秒間の沈黙をはさみ、窓は開く。
真っ白な顔が私を見下ろした。
なんかもうすぐ、本当になくなっちゃうらしいよ?
『また消えた!? 現代社会に起こる怪奇現象の真実とは』
テレビのニュースは伝えている。
どっかの国でどっかのビルが、丸ごと一つ消えたんだって。
SNSでは大騒ぎ。
私は朝ご飯を食べ顔を洗い制服を着て学校に向かう。
今朝はカラスの死骸が置いてあった。
校内の最奥のさらに隅っこにあるくせに、日当たりだけはやたらよい菜園がある。
校内唯一の園芸部員として、私は登校後真っ先にそこへ向かう。
蛇口にホースをつなぎ水をまく。
それを片付けたら、倉庫にぶら下がる日誌にチェックを入れ、自分のスマホに記録を書く。
隣接する校舎から、ピアノの音が聞こえてきた。
毎朝それを聞きながら、こうしてアプリに登録を済ませるのが私の日課だ。
倉庫から取り出したメジャーで、伸びたジャガイモの丈を図る。
15㎝。
もう少し伸びたら間引きだ。
今こうやって思いきり元気よく葉を広げているこの子たちは、明日には私に摘まれる。
でないと立派なジャガイモは育たない。
なんとも合理的かつ常識的な手法で、必要不可欠な措置なのだ。
知ってる。間引きが大事なこと。
私はそのジャガイモの代わりに、生えてきたばかりの雑草を抜く。
春休みに作った土の上にぽつぽつと絶え間なく生まれるこの小さな芽を、私はただ黙々と摘んでいる。
機械のようになって摘む。
そうでないと、あっというまにこの邪悪な植物は大切なジャガイモを追い越し、土の養分を全て吸いつくし、これまでの労力を何もかも無しにしてしまうのだ。
大きく育った株の合間に埋もれて、成長の遅れたものが黄色く朽ち果てようとしている。
これは処分すべきものだ。
しかし私はその根元に土を寄せている。
そして丁寧に、自分が邪悪と判断した草だけを抜き取っている。
ふと視線の先に、黒い塊が見えた。
カラスの死骸だ。
多分生きていたときには、それなりに美しい姿だったのだろう。
べっとりと赤黒く血がこびりつき、むき出しになった目は白く濁っている。
ピアノが聞こえていた。
なんの曲だか知らないが、今日はまたずいぶんと優雅な旋律だ。
彼の奏でる音楽はいつだって、優雅で繊細で快活かつ不確実な要素を含んでいる。
私は突然のカラスの出現に驚いていた。
ここから見上げる少し高い位置にある窓の向こうには、生まれつき色素の薄い彼がいる。
茶色い目に茶色い髪。
透けるような肌は、私より白いから嫌い。
手についていた土を払った。
コレをどうにかしなければ。
助けを呼びたいけれども、どう声をかけていいのかが分からない。
「ねぇ、ここにカラスの死骸があるんだけど、どう思う?」って、果たしてそんな声のかけ方でもよいものなのだろうか。
校舎の壁に近寄ってみた。
ここから背伸びをしても、まだ窓枠の桟には届かない。
「あ、あの……」
私はどうしてこの時に限りそうしようと思ったのか、それが未だに不思議でならない。
とにかくこの混乱をどこかに分散しなければ、自分一人では抱えきれなかったんだろうと思う。
ピアノはピタリと鳴り止んだ。
数秒間の沈黙をはさみ、窓は開く。
真っ白な顔が私を見下ろした。