「魔女」
 自分を抱きしめる腕のぬくもりを、こどもはぺたぺたと幼い手のひらでたどって確かめる。
 
「心配をかけたね」
 魔女がかざした杖に、大波は見る間に縮こまり――、おとなしく河面に戻っていく。

 見る間に河の流れはいつもどおり穏やかに、滔々と――。


 魔女はこどものうなじのにおいを嗅ぎ、おやと声を漏らした。
「おまえ、外のにおいがするよ。森の外に出られたんだね」
「エリンがおくすりをくれた」
 こどもは涙をこらえ、早口にしゃべる。

 魔女はこどもを抱えたまま立ち上がった。
「バカな子だ。出られたのなら、還ればよかったんだよ」
「でもね。こども、外にいくと、また失くしちゃう。だからすぐ、ここにもどってきちゃうよ」
「おまえは、なにを言っている?」
「こどもは“失せもの”をみつけたよ。わからない?」
「……さぁねぇ」
 こどもは魔女の首を、彼女が抱きしめてくれたより、もっと強く抱きしめる。



 魔女はこどもの血まみれの服を脱がせ、長い爪でつまんで河の流れに放りこんだ。
 自分のクロゼットから引っぱりだしたローブを、こどもにかぶせる。
 袖もすそも引きずって、服が歩いているようだ。

 魔女が余分な布を、ハサミで断ち切ってくれる。
 こどもは作業台の上で足を遊ばせながら、うふふと笑う。
「魔女でもわからないこと、あるんだね」
「この世は、分からない、難しいことばかりさ」

 ハサミの音が、しゃき、しゃき、心地よく耳に響く。

「そう。たとえば、おまえになんて名をつけるのがふさわしいか――。一番の難問だ」
「こどもに、なまえ!?」

 魔女は下からこどもを覗き込み、くしゃりと笑う。

「そう。おまえに名を与えていいかい。私が」

 こどもは顔を太陽の陽ざしほどに輝かせた。
 魔女はまぶしそうに眼をすがめる。

「いいよ! なら、こどもも魔女になまえをつけていい?」
「いいよ。おまえとわたしだけで呼びあう、ふたりきりの名前だ」

 魔女はハサミを置き、飛びこんできたこどものつむじに、頬をのせた。

 外の世界のにおいがする。