最果ての魔女と失せものたち 三話(最終話)




 霧が濃い。
 いつもより、ずっと。
 それに河の流れる音が、まるで嵐のようだ。

 こどもはハチドリに導かれ、風よりも速く駆け戻る。
 
「――魔女!」

 揺り椅子の上に、彼女を見つけた。
 オオカミの姿のまま、ぴくりとも動かない。
 そのようすが、河へ見送ったあの犬に似ている。こどもは全身の毛を逆立てた。

 人間からもらってきたのは、魔女がいつか、犬のための肉と引き換えに、村の人間に煎じてやった丸薬だった。

 こどもはオオカミの口をこじ開ける。
 抵抗する彼女の牙に腕を傷つけられながら、まだ生きているんだと、むしろ嬉しくなる。

「魔女、おくすり! 直るよ、直るから!」

 ごくり、彼女が薬を嚥下したのが分かった。
 こどもは血まみれの腕を抜きとり、尻もちをついた。

「……魔女?」

 音をたてて揺れる椅子。
 こどもの心臓も冷たく揺れる。
 オオカミのひんやりした首を抱き寄せ、毛並みに顔をうずめる。

 背後に、ぬるい水がかかった。
 ハチドリが、耳を貫く高い音で危険を告げている。

 ふり返ると――、
 下流から押しよせてくる、膨れ上がった河の、壁のような大波!

 河が、逆流している――!!

“お終い”へ流れゆく河がさかのぼり、生きる世界を呑みこもうとしている。

 こどもは魔女に目を戻す。
 この河の秩序。
“お終い”を下流へ、生きる世界を上流へ置き続けた、すなわち守り主。

 この家にひとりぼっち、椅子に揺られて河を眺めつづけ、自分のもとの形も名も忘れるほど、長い長い時を過ごして。

 魔女は壊れた失せものを直して、あるべき処へ還してやりながら、いつも寂しい瞳をしていた。

「ほんとは、魔女も、かえりたかった?」
 還れない彼女が、還るべき、どこかへ。

 黒い波が、小屋ごと呑みこむ高さから、頭の真上に影を落とした。

「魔女。わかった。こどもが魔女を、直してあげる」
 こどもはオオカミの鼻にキスを落とし、立ち上がった。
 ぼたぼたと顔面に落ちてくる、大粒のぬるい水。

「こどもが、新しい魔女にな――、」


「おやめ」


 耳に吹きこまれた、はっきりとした声。
 細い両腕が、しっかりとこどもを抱きしめた。