こどもは霧の森を駆ける。

 ちかくに本物のオオカミの遠吠えが聴こえる。
 ハチドリが追いかけてきた。

「あなた、エリンのいるところ、わかる? こどもをエリンの村までつれていって」

 大粒の涙が、頬の上をすべって後ろへ吹き散っていく。

 魔女の薬の棚も、本も、字が読めないこどもには、どう使っていいか分からない。
 魔女はオオカミの姿のまま、動かなくなってしまった。

 でもきっと、こどもはエリンの村までたどり着けない。
 まだ“失せもの”を取りもどしていない。
 自分のそれが何だったのかも、わからないままだ。
 あるいは、こどもを“失くした”誰かが、まだ迎えにきてない。

 けれどこどもは、霧をかきわけて森を駆けることしかできない。

 ハチドリがこどもの前を飛ぶ。
 木々をすり抜けて飛ぶ鮮やかな色が、白くかすんで見えなくなりそうだ。

 こどもは涙をぬぐい、必死に駆ける。


 ――すると。

 唐突に森が終わり、木立ちの先に草原がひらけた。
 出られるはずのない、外!

 こどもは足を止めた。
 ハチドリが肩にもどってきて、機械の音を立てて羽をしまう。

 まぶしい。
 木漏れ日の光の帯。
 緑の草の上を風が吹きわたり、野原の花々をくすぐって笑わせている。

 外の世界は、昼間だった。

 はだしのつま先が、太陽の光に白く照っている。
 こどもは足を引っこめた。

「おそとに出られた……。こども、なんで?」

「こども!」
 半ズボンの少年が、草原のむこうから駆けてくる。
 そのうしろには、大勢の大人たちが。

「こども、どうしたんだよっ。おまえ血だらけだ!」
「エリン! おくすり! おくすりちょうだい!」

 エリンは、ようやく追いついてきた大人たちと顔を見合わせた。

「エリンの言ってた、魔女といた迷子だね? よかった。迎えに行くところだったんだよ」

「おくすり……」
 こどもはじりりと足を下げる。

「血まみれじゃないか。どこかケガをしてるのか」

 触られそうになって、こどもは獣のように飛びのいた。
 木立ちの影に入ったこどもの、ギラギラと光る瞳。
 大人たちは怖気づいたように喉を鳴らした。

「おくすりちょうだい。それだけ」
「こども。ケガしてるのは魔女なんだな」
 エリンが大人たちのかわりに、こどもに一歩踏み寄った。
 こどもは震えながらうなずく。

 わかった。
 エリンはそう呟いて、すぐさま踵を返した。