最果ての魔女と失せものたち 三話(最終話)




 獣の息づかいに、こどもはまぶたを持ちあげた。
 ぽたり、額に落ちてきた、ぬるい雫。

 常夜灯の仄灯りに、白い牙が光っている。
 顔の両脇、寝ワラを踏みしめる、獣の前足。

「うわっ!」

 こどもはワラの中をもがく。
 獣は生臭い息を吐き、こどもに圧し掛かってきた。

(オオカミ――!)

 息を呑んだ瞬間、オオカミは鼓膜を打つ音でほえ、こどもの首にかぶりつく!
 
 だが唐突に弾かれたように吹っ飛び、オオカミのほうが床に叩きつけられた。


 ……点々と散った、赤いしぶき。

 こどもは浅い息を繰り返しながら、恐る恐る自分の首に手をやる。
 血は出ていない。
 熱いと思ったら、ネックレスの銀の板が白い星のように光っている。

 オオカミは低くうなりながら、体を起こそうとする。
 牙のあいだから、ぼたぼたと血がこぼれる。

「だ、だいじょうぶっ?」
 こどもはベッドから飛びおりた。

 オオカミは低いうなりをあげ、再びこどもに食らいつく。
 だがこどもが先に、オオカミの首を強く抱きよせた。
 がち、がち、咬み合わせる牙の音が、こどもの耳のわきに響く。

「うごかないで。ダメだよ。魔女、いっぱい血がでてる」

 オオカミは動きを止め、両眼をこどもに定めた。

『……なぜだい。どうして私とわかった』
「だって魔女は、魔女だもの」

 オオカミは――魔女は、ゆっくりとこどもから身をはなす。

『こまった子だね。脅しもきかない』
 血を吐きながら、床に身を伏せる。

「もう、時が来た。おまえはここから去らねばならない」
「なんで。どうして急にそんなこと言うの」

 洗ったばかりの白いシャツが、オオカミの血に染まっている。
 こどもは震えながら、胸元を小さな手でにぎりこむ。
 魔女の銀の瞳は、光るネックレスを見すえている。

「おまえは、始まりと終わりの存在に守られている。ΑからΩ、永遠に守られているおまえを、私が守ってやる必要はない」
「よくわからない」 
「もう、お還り。自分の場所へ」

 膝に流れてくる、温かな血だまり。
“失せもの”の河の流れと同じ温度だ。
 こどもは青くなって、オオカミの首を両手ではさんで持ちあげる。

「こどもは、魔女といっしょがいい。こどもも魔女にな――」
「良い子だ」

 オオカミはこどもの口を、乾いた鼻づらを押しつけて止めた。