「ただいま、お母さん」


 家に入ると、努めて平静を装いながらリビングの扉を開けた。


「おかえりなさい。おつかいありがとう」


 キッチンカウンターに紙袋から取り出した料理酒を置いて、短く「うん」と返事をする。


「あら、きれいね。どうしたの? そのバラ」


 説明しようと口を開くが、うまく言葉が出てこない。蓮崎くんから届いたメッセージの衝撃が大き過ぎて、気を抜くと立つことさえままならなかった。

 だけど気持ちは決まった。やはりお母さんにはルカさんのことを話しておいたほうがいい。蓮崎くんの出方次第ではどう伝わるか分からないし、あとから説明しても信じてもらえないかもしれないから。


「ねえ……お母さん」

「なに? 緋莉」


 おせちの準備が済んだらしく、お母さんは別の料理を盛り付けていた。

 特別な日になると、お母さんは必ず鶏肉のコンフィや牛肉のマリネなどお肉を使った洋食を用意する。わたしが作るメニューとの組み合わせは気にしない。おそらく異国で暮らしていたお父さんを想いながら作っているのだろうと、わたしは勝手に思っている。

 これが前に結花さんが言っていた、誰かを想う横顔なのかもしれない。

 お母さんが今も想っているのは、きっとお父さんだ。