それにしても、連れて帰ってもらったあとの記憶さえ全くないのはどういうことだろう。

 仮に銀髪さんに抱えられて帰ってきたとしても、エントランスに立っていた以前の記憶がすっぽり抜け落ちているのはおかしい。

 わたしを運んでエントランスに突っ立たせて帰ったわけでもないだろう。あまりのショックで彼とのやりとりも含めて忘れてしまったのだろうか。

 でもこれ以上詮索するのも、疑ってるみたいで気が引ける。

 考え込んでむうっと口をつぐんでいると、彼は銀色の髪を揺らせて紫煙を吐きながら言った。


「ルカだ」

「え……?」

「俺の名前」

「ル、カ……? ああ、すみません。わたしは……」

「立華緋莉」


 名乗ろうとしたら先に言われてしまい、びくっと肩を震わせる。

 そうか。そうだった。学生証を見られたんだから、わたしの名前と住所と通っている学校、おまけに年齢と学年まで知っているに違いない。


「あの……」

「なんだ?」


 相変わらず紫煙を吹かしながらルカさんは返事をする。


「煙草……やめたほうが良いですよ。公園内は禁煙ですし、なにより身体に良くないと思うので」

「たった二十年で日本も変わったんだな」


 ルカさんはふふっと笑みを落としながら、火のついた煙草を指で弾いた。すると宙を舞う煙草が途端に霧に包まれて消えた。


「え? 今の、なんですか? 煙草は?」

「気にするな。ちょっとした手品だ」


 言葉に棘はあるけれど、この人はきっと犯人じゃない。なぜか分からないけれど、今のわたしはそう確信していた。

 だってさっきから全然怖くないんだもの。むしろ話しているとどこか懐かしいような、ほっとするような、そんな安心感に包まれていく。


「もう少し質問してもいいですか?」


 と、右手を上げて訊ねる。


「事件についてはなにも知らない。探偵ごっこがしたいなら自分で調べるんだな」


 事件について、というか気を失った後のことをもう少し詳しく知りたいのだけど、遠回しに釘を刺された気がする。内容を変えよう。


「じゃあ、ルカさんは何歳なんですか?」


 ……って、なんだこの質問は。ばかばかしい。もう少し気の利いた言葉が出ないものだろうか。我ながら情けない。


「……そうだな。確か、百八十歳くらいだったかな」


 ――はっ?


「真顔でなに言ってるんですか? 全然おもしろくないですよ」


 ほんとうに笑えない。高校一年生を幼稚園児と一緒にしてもらっては困る。

 その時、ポケットの中でスマホがピコンと鳴った。