まさかあの人の血……じゃないよね?


 確かに暴行は受けていた。頭から出血もしていた。けれどここまで大量じゃなかったし、こんなに飛び散ってもいなかった。

 あまりに凄惨な状況を目の当たりにして、心にさざ波が立つ。

 足が徐々に震え始めた。

 いったいあの後なにがあったのだろう。地面についたおびただしい血痕は、まるで獲物が猛獣に引きずりまわされた跡のようにも見える。

 口の中がからからになって、ごくりと生唾を飲み込んだ。唾液が喉をゆっくりと通過して、焼けつくような痛みが走る。

 雑踏の声が風のように頭の中へと流れ込んできた。


「通り魔ですって」


 ――でも万が一、これがあの人のものだとしたら……?


「女の子も殺されたらしいわよ」


 ――わたしがあのとき、警察に通報しなかったから……?


「ちょっとあなた大丈夫? 顔色が悪いわよ」


 思わず口元に両手を当てると、隣にいた女性が声を掛けてくれた。

 なのにわたしは規制線の向こうに視線を奪われたまま、女性と目を合わせることもできない。

 返事もせずにあとずさり現場から距離をとると、勢いよく踵を返してそのまま自宅へと走った。


 わたしのせいじゃない。わたしは悪くない。

 わたしには……関係ない!