蓮崎くんは教室に入ると同時に、いつもの友達らしい生徒達に話し掛けられていた。でも、その受け応えにも特に変わったところはない。
「見てのとおり会話や応対は普通なんだ。でも、ルカが言ったとおり記憶が一部無くなっているらしい。さっき昨日の話をしようとしたら、ほんとうに知らないって感じだったからな。首の傷跡がきれいさっぱり消えていることも腑に落ちない」
そう言いながら、浅桜くんは席に向かう蓮崎くんを横目でちらりと追いかけている。
「放課後までに蓮崎とふたりで話してみるから、緋莉は今日一日何事も無いように振る舞っておいてね」
「うん、わかった」
……って、え?
浅桜くん、今わたしのこと、『立華』じゃなくて、『緋莉』って言った……よね?
「じゃあまたあとで」
「待って!」
思わず呼び止める。
「どうしたの?」
浅桜くんが振り返る。
「あの、無茶なことは……しないでね。優陽……くん」
恥ずかしくて死にそうだったけれど、ちゃんと浅桜くんの目を見て言った。おそらく顔はりんごのように真っ赤だろう。瞳が紅いことなんて、今なら全然気にならない。
「優陽でいいよ。ありがとう」
「わ……、わかった。じゃあ……優陽」
その笑顔と言葉にまた胸が高鳴る。こんな感情の起伏があとどれくらい続くのだろうか。マンネリ化なんて言葉はよく聞くけれど、ほんとにわたしにもそんな瞬間が訪れるのかな。