教室へ戻り再び自分の席に着くと、前の扉から浅桜くんが入ってくるのが見えた。そしてわたしと目が合うと、そのままこちらへと歩いてくる。
「おはよう」
「お、おはよう」
昨日の今日だ。照れ臭いのは仕方がない。
浅桜くんが鞄を手にしたまま、顔を近づけてくる。
ちょ、ちょっと待って、こんなところでキス? それはまずい! さすがにまずい!
そう思いながらもぎゅっと目を瞑り少しだけ顔を上げると、浅桜くんはそっとわたしに耳打ちをした。
「昨日はありがとう。オペラうまかったよ。あれならお店でも出せるね」
「え? ……ほんとに? うれしい。こちらこそありがとう」
あ、あぁ、そうか。そうだよね。教室でキスなんてするわけがない。密かに期待していた自分が恥ずかしい。
それよりもお店でって、もしかして浅桜くんのお父さんのお店でってこと……だったりして?
思わず顔を伏せると浅桜くんはそのまま囁き声で続けた。
「さっき生徒玄関で蓮崎に会った。だけど様子が変なんだ。今日は近づかない方がいい」
「う、うん、わかった。じゃあ関わらないようにするね」
またガラリと音がして扉のほうへ目を向けると、今度は蓮崎くんが姿を見せた。浮かれていた頭を切り替えて、さりげなく蓮崎くんを観察してみる。
見た感じはいつもどおりだけど、どこが変なんだろう。