学校を出てからもその手は離さずに、俯いたまま駅まで歩き続けた。目に映るのは浅桜くんの制服と地面だけ。その景色に安心する。今は他のなにも見えなくていい。浅桜くんだけ見ていたい。
電車を降りると帰宅ラッシュでホームは混雑していた。足取りがおぼつかず人混みに揉まれて右往左往していると、浅桜くんの手が伸びてきてわたしの手を掴んだ。
「大丈夫? はぐれないようにね……」
繋いだ手から伝わる浅桜くんのぬくもりが、わたしの心も優しく温めてくれる。
それでもまだ顔を上げることはできなかったけれど、そのぬくもりはわたしの心に、とある決意の火を灯した。
もうすぐ緑地公園が見えてくる。そこで全部打ち明けよう。その先に待つのは悲しみかもしれない。だけどすべての始まりは緑地公園で起きた事件だし、それが原因で浅桜くんにも迷惑を掛けているのだから、ちゃんと話しておかなくちゃならない。それに、朝わたしがルカさんの名前を口にしたことを、浅桜くんも気にしているかもしれないし……。
辺りはすっかり暗くなっている。緑地公園の入口に差し掛かる辺りで、ずっと掴んでいた浅桜くんの学生服を軽く引っ張って足をとめた。浅桜くんが振り返る。
「どうしたの? 疲れた?」
俯いたまま深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
「あのさ、ここ……抜けてこ?」
ずっと閉じていた唇は、まるでくっついてしまったかのようで開くのに時間がかかったけれど、ちゃんと言葉を紡いでくれた。
「そっか、この緑地公園を抜けると近道なんだよな。よし、じゃあ行こう」
浅桜くんはわたしを元気づけるようなわざとらしい明るい声を出すと、また前を向いて歩き始める。
しばらく進んで辺りから人の気配が消えると、わたしは再び足を止めた。
「浅桜くん……あのね……」
「ん?」
でも、その続きが言葉にならず声が出せない。
真冬の冷たい風が頬を撫でる。すると、また突然立ち眩みが襲いかかってきて思わず体がふらついた。
「危ない!」
倒れそうになるわたしの体を、浅桜くんが咄嗟に支えてくれた。
浅桜くんの匂いがわたしの鼻腔へと届く。
誘われるような甘い香り。
一体これはなんだろう? とても芳しくて、わたしを徐々に酔わせていくみたい……。