空が薄暗くなってきた。気づけば校庭からはボールを蹴る音も止み、生徒の声も聞こえてこない。事件の影響で部活動の時間を短縮しているせいで、生徒は早目の下校を促されている。抱えていた膝から両腕を解き、重い腰をあげて屋上をあとにすると、案の定廊下に生徒の姿はなく、静まり返った校舎をひとり歩いた。

 のろのろと自分の教室へ戻ると、ひとりの男子生徒の背が目に留まる。その生徒は窓辺の席に着いて校庭を眺めていた。


「立華……」


 男子生徒が立ち上がり、その顔が見える。


「浅桜…くん」


 その姿に驚いて、つい顔を背けて俯いた。


「心配したよ。保健室に行ったらとっくに帰ったって言われるし、電話しても繋がらないし」

「ごめん……」

「さっきまで宵月もいたんだ。でももう遅いから、蘭雅が送っていった。立華の鞄預かってるよ」


 瑞花も待っててくれたんだ。でも瑞花もあの噂を聞いたかもしれない。今は瑞花でさえ会うのが怖い。


「朝の件なら、きっと大丈夫だよ」

「えっ?」

「先輩達はあのあとも立華の目が紅いとかなんとか騒いでたんだけど、そこに誰だかの彼氏とかいう奴も出てきてさ。だけどそいつが横暴だったおかげで、皆は立華が被害者だと思ってるんだ。だからもう気にすんなって」


 そう言って微笑んだ浅桜くんのほっぺたには、大きな絆創膏が貼られている。それによく見れば、額の右側にも青い痣があった。