その場にへたり込んでうずくまり、瞼を固く閉じる。
もうこの時間が早く去ることを祈るしかできない。心の中で何度も浅桜くんの名を叫んでいると、急に男達のどよめきが聞こえ始めた。
「お、おい……こいつ……」
――なにも、してこない?
不思議に思いながらゆっくり瞼を持ち上げると、わたしをかばってくれた銀髪男性がまるで何事もなかったかのように立ち上がっていて、煙草を取り出し火を付けていた。
小さな炎が、闇の中で彼の顔を妖しく浮かび上がらせる。
頭から血を流してはいるが、聖夜に似つかわしくない寂しげな表情は、なにひとつ変わっていなかった。
あんなに殴られたり蹴られたりして、どうして立ち上がれるのだろうか?
無事で良かったと思う反面、その信じ難い光景に、わたしは無意識のうちに震える肩を抱いていた。
「やだ、こ、こわい……」
張り付くような喉の奥から、なんとか小さな声を絞り出す。その声が妙にリアルに響いて、これが夢ではないことを実感させてくる。
「早く逃げろ……。血の匂いは危険だ」
銀髪男性が声色に怒気を含ませる。けれど、わたしの身体はへたり込んだまま思うように動かない。
――血の……匂い……?
言われてみれば、辺りに漂う微かな血の匂いがわたしの鼻腔をくすぐっていた。
だけど、鉄錆のような匂いに紛れる甘くて魅惑的な香り。
これはなんだろう。
彼が香水でもつけているのだろうか。