子猫を抱えたまま宙を舞い地面に落ちた踊り子は、衝撃の柔らかさに違和感を覚えつつゆっくりと目を開けた。

 彼女を助けたのはバンパイアだった。ふたりは初めて顔を合わせる。しかし言葉を交わすことはなく、バンパイアは不思議な能力で霧となり、すぐにそこから去ってしまう。

 驚いた踊り子が辺りを見渡すと、血のついた地面にチェーンが切れたネックレスと指輪が落ちていることに気がついた。指輪に装飾された大きな赤い琥珀には、無数の文字が刻印されている。

 これが彼の手がかりになるかもしれない。そう直感した踊り子は、事故で集まってきた人集りの中、誰にも気づかれぬよう指輪をポケットに仕舞った。


 重傷を負ったバンパイアは妻と過ごした洋館に戻っていた。彼は自分の死を予感すると、バラに囲まれた部屋で深い眠りに落ちる。

 しばらく眠り続けていると、夢の中で微かに声が聞こえた。それが妻の迎えのように思えて、バンパイアは目を閉じたまま一筋の涙を流す。やがて、バンパイアが眠る部屋の扉がゆっくりと開いた。


 ――それから、十年後。


 踊り子は恋人と結ばれて幸せな人生を歩んでいた。

 ピアノの音色が心地よく響く昼下がり、庭のベンチで彼女が本を読んでいると、ふいに一輪の赤いバラを咥えた猫が姿を見せる。笑みを浮かべてバラを手に取った彼女の指には、バンパイアが首から下げていた指輪がはめられていた。

 そこで物語は幕をおろす。