割れたガラスが動脈に刺さったのか、大量の血がアスファルトを赤黒く染めあげていく。

 子どもひとり分とは思えないほどの流血に衝撃を受け、怖くて近寄ることができない。だけど瑞花を含む数人は、声を掛けながら自分が着ていたコートを毛布代わりに使ったりして応急処置に努めていた。それを遠巻きに眺めている人達の中には、スマホのカメラを向けている人もいる。


 わたしも行かなきゃ……。だけど、わたしの中のなにかが、この先へ行くことを拒んでいる。

 足が動かない。このままじゃ、わたしもただの傍観者だ。でも……怖い、怖い、怖い!


 救えるかもしれない幼い命。それを諦めないようにみんな必死になっているのに、わたしの前には見えない一線が引かれている。本能が、それ以上前に踏み込むなと告げている。


 血が、怖い? ううん、きっとそうじゃない。一体なにに怯えているのか、自分でも分からない。


 固まった体の中で唯一神経が研ぎ澄まされている場所。それは鼻腔と口腔内にあった。

 排気ガスや冬のしんとした大気の中から嗅ぎ分けた血の香りが、妙な興奮を呼び起こす。

 一瞬恐ろしく感じた大量の血液。だけど今はそれを見ると、なぜか舌なめずりをしてしまう。まるで肉を前にした獣のように唾液がどんどん口の中に溢れては、それを何度も飲み込んだ。

 身体がうずいてたまらない。でもこの先に行っちゃいけない。今わたしが行くと、きっとおかしなことをしでかしてしまう。

 野次馬に紛れて結局同じように立ち尽くしていると、徐々に大きく響いてくる救急車のサイレンが、わたしの意識を混沌から引き戻した。