最果ての魔女と失せものたち 2話



 頬をなめあげられた。
 こどもが目を開けると、犬はもう元気に立ち上がっていた。
 口から肉のにおいがする。

「あなた、直してもらった? よかったね」

「直してないよ」
 魔女は犬に骨を放り、肩をすくめる。

 こどもは瞳をまんまるにした。
 犬はしっぽを振って骨にかぶりつき、とても元気そうで、どこも壊れてないように見える。

「私が直すのは、表がわだけだ」
「じゃあ、ウラがわに壊れてるとこがある? なら、このコ、まだかえれない?」
「だろうね」
 魔女は、肉が沈んだスープ皿をこどもに押しつけ、また河の揺り椅子に戻ってしまった。
 さじでひっくり返した肉は、焦げていない。

「あなた、かえりたい? おうちにかえる?」
 犬ははこどもの頬に鼻をすり寄せてくる。

「こども、直せるかもしれない。魔女のやってるの、ずっと横で見てた」
 こどもが立ち上がると、犬は尻尾をふって後に従った。


 工房をのぞきこむ。
 とたん、作業台のランタンに小さな火が灯った。
 窓辺のサンキャッチャーが、風もないのにくるくる周って白い光を躍らせる。
 翼を修理中のハチドリは、止まり木でおとなしく眠っているようだ。
 設計書の上には、組み立て途中の細かな部品。

 こどもは爪先立ちで中へ忍び込む。
 犬も神妙な様子でついてきて、あたりのモノにすんすんと鼻を鳴らしてついてきた。

 魔女が河辺で拾ってきた物は、この部屋に詰め込んである。
 こどもは手当たりしだい、とっかえひっかえ犬の鼻先に差し出しては、噛ませてみたり、体に当ててみたり。
 犬は困った瞳で首をかしげるばかりだ。

 すると、ガラクタの山の奥から、真鍮の宝箱が見つかった。
 ――そう、これだ。魔女はこの宝箱に、使えそうな“失せもの”を放り込んでおく。そしてしかるべきモノが来たときに、修理の部品にあてがっていた。

「さぁて、使えるものはないかね」

 魔女の口調をまね、こどもは宝箱の蓋を開ける。
 一瞬、その隙間に、色とりどりの煌めきが覗いたような気がしたのだが。

 こどもの顔面に、黒い霧が吹きつけた!

 こどもは激しくムセてそっくり返る。
 犬が吠えて周囲を跳ねまわる。
 犬の大きな体と尻尾が、目の取れたぬいぐるみをふっ飛ばし、単眼鏡を割り、棚から一列、薬の瓶をなぎ落とす。
 驚いたハチドリが高い声を上げ、宙に舞い上がった。

「だ、だいじょうぶ。犬、鳥、おちついて」

 こどもはムセこみながら、大あわてで窓を開ける。
 鼻をつく悪臭が風にのって外へ流れた。

「さわがしいね」

 デッキで寝ていた魔女が、こちらに首をひねる。

「なんでもない」
「ははぁ。こども、おまえ宝箱を開けたね」
「ごめんなさい」

 身を縮めるこどもに、魔女は笑って腰を上げる。

 こどもは慌てて左右を見回した。
 作業台の部品が、設計書の上でバラバラに散らばっている。
 さらに息を引ききった。
 ハチドリがサンキャッチャーのひもに引っかかって、こんがらがってる!

「と、鳥!」

 慌てて小さな体をひもからはずす。
 こどもの手のひらのなかで、組み立て途中の機械の翼が、根本からぼろりと落ちた。

 ――どうしよう……!

 くぅんと犬が鼻を寄せてくる。

「おやまぁ、こんなに散らかして」

 戸口に、魔女の声!
 こどもはハチドリを背中に隠した。

「あ、あのっ。魔女、ご、ごめんなさい」
「さっき聞いたよ」
 手のひらがこどもの頭にのった。

「ヒドイにおいだ。河底に積もったヘドロにイボガエルのげっぷ、トカゲの生皮、腐らせた胞衣、エトセトラエトセトラ……。さぁ、家じゅうの窓を開けてくるんだ。ほら、犬も出ておいき。おまえが失くしたモノは、ここにはないよ」

 こどもは震えながら、自分の部屋に飛びこむ。
 そして動かなくなってしまったハチドリを、ベッドの下につっこんだ。

 体じゅうが心臓になったように、指先まで脈打っている。