頬をなめあげられた。
 こどもが目を開けると、犬はもう元気に立ち上がっていた。
 口から肉のにおいがする。

「あなた、直してもらった? よかったね」

「直してないよ」
 魔女は犬に骨を放り、肩をすくめる。

 こどもは瞳をまんまるにした。
 犬はしっぽを振って骨にかぶりつき、とても元気そうで、どこも壊れてないように見える。

「私が直すのは、表がわだけだ」
「じゃあ、ウラがわに壊れてるとこがある? なら、このコ、まだかえれない?」
「だろうね」
 魔女は、肉が沈んだスープ皿をこどもに押しつけ、また河の揺り椅子に戻ってしまった。
 さじでひっくり返した肉は、焦げていない。

「あなた、かえりたい? おうちにかえる?」
 犬ははこどもの頬に鼻をすり寄せてくる。

「こども、直せるかもしれない。魔女のやってるの、ずっと横で見てた」
 こどもが立ち上がると、犬は尻尾をふって後に従った。


 工房をのぞきこむ。
 とたん、作業台のランタンに小さな火が灯った。
 窓辺のサンキャッチャーが、風もないのにくるくる周って白い光を躍らせる。
 翼を修理中のハチドリは、止まり木でおとなしく眠っているようだ。
 設計書の上には、組み立て途中の細かな部品。

 こどもは爪先立ちで中へ忍び込む。
 犬も神妙な様子でついてきて、あたりのモノにすんすんと鼻を鳴らしてついてきた。

 魔女が河辺で拾ってきた物は、この部屋に詰め込んである。
 こどもは手当たりしだい、とっかえひっかえ犬の鼻先に差し出しては、噛ませてみたり、体に当ててみたり。
 犬は困った瞳で首をかしげるばかりだ。

 すると、ガラクタの山の奥から、真鍮の宝箱が見つかった。
 ――そう、これだ。魔女はこの宝箱に、使えそうな“失せもの”を放り込んでおく。そしてしかるべきモノが来たときに、修理の部品にあてがっていた。

「さぁて、使えるものはないかね」

 魔女の口調をまね、こどもは宝箱の蓋を開ける。
 一瞬、その隙間に、色とりどりの煌めきが覗いたような気がしたのだが。

 こどもの顔面に、黒い霧が吹きつけた!

 こどもは激しくムセてそっくり返る。
 犬が吠えて周囲を跳ねまわる。
 犬の大きな体と尻尾が、目の取れたぬいぐるみをふっ飛ばし、単眼鏡を割り、棚から一列、薬の瓶をなぎ落とす。
 驚いたハチドリが高い声を上げ、宙に舞い上がった。

「だ、だいじょうぶ。犬、鳥、おちついて」

 こどもはムセこみながら、大あわてで窓を開ける。
 鼻をつく悪臭が風にのって外へ流れた。

「さわがしいね」

 デッキで寝ていた魔女が、こちらに首をひねる。

「なんでもない」
「ははぁ。こども、おまえ宝箱を開けたね」
「ごめんなさい」

 身を縮めるこどもに、魔女は笑って腰を上げる。

 こどもは慌てて左右を見回した。
 作業台の部品が、設計書の上でバラバラに散らばっている。
 さらに息を引ききった。
 ハチドリがサンキャッチャーのひもに引っかかって、こんがらがってる!

「と、鳥!」

 慌てて小さな体をひもからはずす。
 こどもの手のひらのなかで、組み立て途中の機械の翼が、根本からぼろりと落ちた。

 ――どうしよう……!

 くぅんと犬が鼻を寄せてくる。

「おやまぁ、こんなに散らかして」

 戸口に、魔女の声!
 こどもはハチドリを背中に隠した。

「あ、あのっ。魔女、ご、ごめんなさい」
「さっき聞いたよ」
 手のひらがこどもの頭にのった。

「ヒドイにおいだ。河底に積もったヘドロにイボガエルのげっぷ、トカゲの生皮、腐らせた胞衣、エトセトラエトセトラ……。さぁ、家じゅうの窓を開けてくるんだ。ほら、犬も出ておいき。おまえが失くしたモノは、ここにはないよ」

 こどもは震えながら、自分の部屋に飛びこむ。
 そして動かなくなってしまったハチドリを、ベッドの下につっこんだ。

 体じゅうが心臓になったように、指先まで脈打っている。