窓の外の霧のように、魔女はいつ食べていつ眠っているのかも、あいまいだ。
 けれど魔女が料理を焦がすのは、決まって工房にこもっている日。夢中になって暖炉の鍋を忘れてしまうせいだと分かった。

 こどもは好きに寝て好きに起きて、魔女についてまわる。
 魔女が河岸で失せものを拾うのを手伝い、彼女が気まぐれに修理するのを、横から眺める。
 近ごろの魔女は、飛べないハチドリの翼を直している。
 作業に飽きると、デッキの揺り椅子にかけて、河を眺める。
 こどももついていって、彼女のとなりに膝を抱えて座る。

 霧のなか、重たくうねる大きな河。
 白い獣の腹の中のようだ。
 ぬるい水に、すべてが溶かされて押し流されてゆく。

「魔女。河、どこまで流れていくの? むこうにはなにがある?」
「なにもないよ。河の流れゆく先には、なにもない」
「なんにも? 森は? 村とかは?」
「そうさね」」
 魔女は杖で、霧に包まれたあちらを指した。

「あるのは、“終わり”だ。あるいは“無”」

 魔女の言うことは、やはりこどもには分からない。

 けれどあの先にはなにかよからぬモノがあるらしいと、氷を抱いたように腹が冷たくなった。
 ローブのすそを握るこどもに、魔女は月の形の笑みを浮かべた。

「恐ろしくはない。いずれ誰もが流れてゆく場所だ」
「ふうん……」

 どこからか、獣のうなる声がする。

 こどもが目で捜すと、霧の森からではない、上流に岩場に、黒いけむくじゃらの塊が引っかかっていた。

 こどもは駆け寄り、おっかなびっくり、その胴体を突いてみる。
 前足がもがくように宙をかいた。

「犬、生きてる。ひろっていい? 魔女、直せる?」
「どうだろうねぇ。何を失くしたか、失くされたか、それしだいだ」

 魔女はどこかへ出かけてしまった。

 こどもは暖炉の前まで、犬のカラダを引きずってきた。
 犬は、こどもと変わらぬ大きさだ。
 大仕事に滲んだ汗に、まるい額を袖でぬぐう。
 犬の腹が、上に、下に、動いている。
 ごわごわの硬い毛をなでると、首に古い首輪を見つけた。

「あなた、いらないコになっちゃったのね」

 犬の温かい鼻づらに顔を近づけ、こどもは悲しくなる。
 自分がここにいることは、どうしてか、ぜんぜん悲しくないのに。

 暖炉でぬくもった毛並みに顔をうずめるうち、いつの間にやらこどもも眠ってしまった。